【商品開発のヒントは「声なき声」に】過疎の街のスーパーが生んだロングヒット「おはぎ」の誕生ストーリー
<今月のお悩み> お客様に長く愛されるような新商品をつくりたいです。 でも、なかなかうまくいきません。開発のヒントをください! 宮城県仙台市の中心街から南西へ車で約30分、温泉や豊かな自然で知られる秋保地区。「長く愛されるような新商品」というお悩みに向き合ったとき、この人口3800人ほどの過疎の街にある小さな店を思い出した。スーパーマーケット「さいち」には、9時の開店前から多くのお客様が並ぶ。お目当ては、1個140円の手づくり「秋保おはぎ」。平日には6000個、週末や祭日には1万個、お彼岸の中日ともなると2万個を売り上げるロングセラー商品だ。 「娘が孫を連れて帰省するから、手づくりのおはぎを食べさせてやりたい。でも、私も年だから、自分でつくるのも大変で……。あんたのところでつくってはくれまいか」 始まりは40年ほど前、ある年配の女性常連客からの頼みだった。同店を営む佐藤啓二・澄子夫妻は、おはぎをつくったことも、誰かに教わったこともなかったが、お客様の願いに応えたいと引き受けることにした。仙台市内の老舗の和菓子屋やあんこ屋から仕入れることもできる。しかし、一から手づくりする道を二人は選んだ。母の手づくりの味こそお客様に求められていると2人は確信していたからだ。
お客様の本当の望み
いざ、おはぎづくりに取り掛かると、困難が待ち受けていた。仕入れた小豆の粒がそろっていないと、煮てもすぐに焦げてしまい、使いものにならない。何度も試作を繰り返した。当然、お金もかかる。「後で知ったことですが、澄子専務は経営に負担をかけまいと、自分のへそくりから小豆を購入してお客様の願いに応えようとしたんですね」と、夫の啓二社長は振り返る。 1カ月ほどを要して、ようやく納得のいく味が仕上がった。くだんの女性客は、15個の手づくりおはぎを娘や孫と食べ、「さいちさんに頼んでよかった」と喜んでくれたという。 余分にできたおはぎを店頭に並べたところ、すぐに売り切れた。その後もおはぎを求める声は絶えず、やがて定番商品となり、今に至っている。 「とにかく良い物を造る。拡売、利益はその後必ずやってきます」 これはさいちの事務室に貼られた啓二社長から社員へのメッセージであり、お客様への約束だ。この言葉を忠実に守り、毎日食べても飽きず、家庭以上の家庭の味を目指している。 しかし、発売当初、何人かのお客様から「おはぎが甘くない。砂糖をケチっているのか」と言われたという。それでも、佐藤夫妻は味を変えなかった。お客様の本当の望みを、最初に注文してくれたお客様との会話からつかんでいたからだ。その代わり、甘さを望むお客様のために、おはぎ売り場に持ち帰り自由の砂糖の小袋を置いた。当初は、持ち帰るお客様もいたが徐々に減り、いつしか誰も持ち帰らなくなった。 おはぎも、今では和菓子屋はもちろん、スーパー、コンビニなどあらゆる店で販売されている。しかし、さいちのおはぎは時を経るごとに販売個数を伸ばし続けている。お客様の「声なき声」を聴き続けているからである。 【商いの言葉】 顧客にもっと近づきなさい 彼らがまだ気づいていない ニーズを語れるほどに 密着したとき道は拓く
笹井清範