Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

深い人物描写と若々しい演出で紡ぐ人間賛歌 ペドロ・アルモドバル監督「ペイン・アンド・グローリー」

配信

時事通信

 見終わった後に明日(あす)を生きる活力が沸いてくる人間賛歌だ。  スペイン映画界の名匠で、「オール・アバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥ・ハー」などで知られるペドロ・アルモドバル監督の最新作「ペイン・アンド・グローリー」。ベテランらしい深い人生観に裏打ちされた人物描写と、現在70歳の年齢を感じさせない若々しい演出が同居する佳作になっている。 【写真】間隔を空けた映画館の座席  愛する母親の死から立ち直れず、失意の日々を送る映画監督のサルバドール(アントニオ・バンデラス)。旧作の再上映を機に、かつてたもとを分かった主演俳優のアルベルトに32年ぶりに再会したが、体の不調から来る痛みを和らげるため、彼が持つヘロインに手を出してしまう。  夢心地のサルバドールの脳裏に浮かぶのは、貧しいが楽しかった幼き日の思い出だった。  脚本も執筆したアルモドバル監督は、サルバドールの過去と現在を交錯させながら、物語を紡いでいく。さまざまなエピソードの積み重ねが、老境に差し掛かった一人の男がたどってきた人生と現在の心情をくっきりと浮かび上がらせる。そのストーリーテリングの手際が鮮やかだ。  物語では、サルバドールに大きな影響を与えた過去の二つの邂逅(かいこう)が全く異なる形で姿を現し、どん底であえいでいた彼の人生を大きく動かす。この展開はサルバドールの秘められた一面が明らかになるストーリー上の面白さもさることながら、他者との関係性こそが人生を動かすというアルモドバル監督の人生観の表れのようにも見える。  アルモドバル監督は、俳優の演技をじっくりと捉えて人間ドラマを描く王道を貫きつつ、主人公の過去を振り返る場面の一部でポップアートのような色彩のアニメーションを使用するなど、変幻自在の演出で作品に多彩な色を加える。その若々しい感性が、一人の男の再生を描く物語にぴったりと合致している。

人気スターが見せる熟成の演技

 サルバドール役のバンデラスはハリウッド映画「デスペラード」や「マスク・オブ・ゾロ」などのアクションものでも知られるスペイン出身のスター俳優。アルモドバル監督の「セクシリア」(82年)で映画デビューし、同監督作品への出演は8作目。人生に疲れ生気を失った初老の男の切なさを見事に表現して新境地を見せ、昨年のカンヌ国際映画祭で主演男優賞を獲得した。  若い頃はラテン系のセックスアピールを前面に押し出したワイルドなムードもセールスポイントだったが、今作では打って変わった枯れた魅力で作品を引っ張る。彼を単なるタフガイ俳優と見なしていた映画ファンは良い意味で裏切られるに違いない。  年輪を感じさせる演技という点では、少年時代のサルバドールの母親を演じるペネロペ・クルスにも注目してほしい。「オール・アバウト・マイ・マザー」でブレークし、ハリウッド映画でも実績を誇るが、今作では気心の知れたアルモドバル監督の下、貧困の中でたくましく生きる庶民的な女性像をリアルに体現し、その実力を遺憾なく発揮している。  バンデラス、クルス共に、今回の役柄はさっそうとしているわけでもなければ、セクシーでもないが、登場人物の人生がにじみ出るような演技は実に魅力的。熟成されたワインのような俳優たちの演技をぜひ堪能してほしい。  監督は今作を「欲望の法則」(1987年)と「バッド・エデュケーション」(2004年)に続く「第三章」と位置づける。それぞれに直接の関係はないものの、いずれも監督自身の人生が色濃く投影されており、併せて鑑賞すれば、さらに面白さは倍加するに違いない。  「ペイン・アンド・グローリー」は6月19日公開。 (時事通信社編集委員・小菅昭彦)

【関連記事】