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「日本一厳しくて、日本一優しい人」元秘書が明かす、“職業=政治家、趣味=政治”の菅官房長官

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ABEMA TIMES

 2日、自民党総裁選に出馬することを正式に表明した菅義偉氏。  「雪深い秋田の農家の長男に生まれ、地元で高校まで卒業した。卒業後、すぐに農家を継ぐことに抵抗を感じ、就職のために東京に出てまいった」と、自身の出自を振り返り、「ふるさと納税」創設や縦割り行政の打破などの実績をアピール。「安倍総裁が全身全霊をかたむけて進めてこられた取り組みをしっかり継承し、さらに前に進めるために私の持てる力をすべて尽くす覚悟だ」との決意を示すとともに、地方分権や携帯料金引き下げなどの持論も語った。 【映像】5年仕えた元秘書に聞く「日本一厳しくて、優しい人」  国民が見慣れた官房長官としてではなく、一議員として臨んだ会見について、「非常に菅さんらしいというか、知り合った15年前と変わりない姿を見せていただいた」と話すのが、2005年から5年半にわたり菅氏の私設秘書を務めた横浜市議会議員の遊佐大輔氏(39)だ。

■“日本一厳しくて、日本一優しい人”

 遊佐氏が菅氏と出会ったのは大学3年生の時のこと。「家業が立ちいかなくなったため中退し、アルミ缶とスチール缶を分ける廃棄物工場に住み込みで就職した。その会社が菅官房長官のことを議員になる前から応援していたので、私もボランティアとして選挙のお手伝いをさせていただくようになった。もともと政治には興味がなかったが、“とにかく後先のことを考えないで、見返りを求めないで、与えられた役割の中で精いっぱい頑張っていれば、必ず誰かが見ていてくれる”という話を聞き、社長の勧めもあって私設秘書として事務所に入所した。この言葉は、秘書としても一番大事にするようにと言われた。その頃から今日まで、与えられた仕事をしっかりとやる真面目な姿勢は今日まで変化がないなと感じている」。  そんな菅氏について、遊佐氏は“日本一厳しくて、日本一優しい人”だと表現する。「私は高校まで野球部だったので、体育会系。法政大学では空手部に入部したそうだが、その理由が“一番厳しい部活に入って、自分を試したかったから”。自分で考え、決断したら最後までやり通すということで、最後は副キャプテンにまでなったという。だから“遊佐にはここまで怒れるだろう”と。そうではなく、逆に褒めて伸ばす人もいた。そこは一対一の信頼関係をすごく大事にする。  そして、菅氏との思い出について尋ねると、「もともと口数が多いタイプではないので、言葉ではなく態度で、というところがある。私が立候補する時のこと。私にとっては父親同然なので、“遊佐、お前立候補する気あるか”と聞かれたので、“命を預けています。菅さんが決めてください”と答えた。すると、“じゃあ出ろ”と。そして初めて“今までご苦労さん”とおっしゃって、握手をさせていただいた。“これからは菅に仕えるのではなくて、多くの横浜市民、有権者の皆さんの負託に応えるために頑張れ”と。その時の言葉の重みは、今も私の心の中にある。逆に、怒られたことはたくさんありすぎて分からない(笑)。私なんか毎日のように怒られていたが、やはり思い出すのは駅頭でのことだ。風向きによって、幟が他の人の邪魔になることがある。しかし私は毎日同じ位置に立てていた。それでえらく怒られた。そこまで気配りをする方だ」と振り返った。

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