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<埼玉西武だより>陰で常勝の土壌を ファーム・育成グループディレクター横田久則、V3の先に見るもの

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埼玉新聞

 球団のファーム・育成グループでディレクターとして、ライオンズを陰で支えている横田久則。彼もまた、21年前の連覇を彩った一人だ。(埼玉西武ライオンズ広報部・田代裕大) <埼玉西武だより>示したエースの気概 1軍投手コーチ・西口文也、生きのいい若手投手陣に期待

 1985年ドラフト6位で入団。V2を果たした98年は、31歳になる年だった。「前半戦はあまり勝てなかった。防御率の10傑には入っていたが勝ちが付いてこなくて。一方で一つ年下の潮崎は7回4失点くらいでも勝ち投手になって。『横田さん、また勝っちゃいました』なんてよく言われていましたよ(笑)」  勝利に飢えていた横田に、意外な指令を発したのは当時の監督・東尾修だった。「ファームに行って、勝ってこい」。2軍落ちの理由は不調でもけがでもない。「こんな降格の仕方はこれまでないと思います」と笑う。  結局、それは功を奏した。2軍で2勝を挙げて勝ち癖をつけ、六つの白星をチームにもたらしてV2に貢献したのだ。  内容も良かった。9月6日の福岡ダイエー戦では、自身11年ぶりの完封勝利を敵地・福岡ドームで挙げた。さらには同13日、勝てばマジック21が点灯する試合で登板直前に東尾監督から「(この試合が)どんな試合か(分かるよな?)」とプレッシャーをかけられながらも7回1失点で白星。V2への明かりを照らした。

 そんな横田は、2000年に西武を退団。初めて西武を外から見て「やっぱり西武は強い。練習から緊張感が違う」と感じたという。黄金期であれば、まさに1回の出番は千載一遇。結果を残せなければ、「半年はチャンスが回ってこない」という恐怖感がそこにあった。  今は若手の育成に携わり2軍、3軍の選手たちに目を光らせる日々だ。「今年はCAR3219フィールド(ファームの本拠地)も完成し成長の場が整った。まさに”常勝西武”の土壌です」。V3、そしてその先にある栄光のため、横田は1軍が華やかに勝利を重ねる陰で奔走していく。

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