【陸上】田中希実が語る東京2020オリンピック 「オリンピックの舞台を楽しめるだけの力をつけたい」
田中希実選手は昨年の日本選手権 5,000mで優勝を飾り、東京 2020 オリンピックへの出場権をつかんだ。1,500m、3,000mの日本記録を持つ彼女は21 歳と伸び盛りで、まだまだ記録更新への期待がかかる。物心がついた時から陸上が生活の一部だったという田中選手に、陸上競技の魅力、初めてのオリンピックへの思いを聞いた。 ※取材は2021年1月28日にオンラインにて行いました 【画像】全日本選手権/ラストスパートで廣中を振り切る田中希実 ――田中選手が走る一番のモチベーションは? 「常に自己ベストを出したいという気持ちが強いです。今は立場的にどうしてもライバルを意識したり、大会の規模を意識したりということもあるのですが、純粋に今までの自分を超えたいという思いが、自己ベストや日本記録を出すことにつながっています。そういう意味でも “今までの自分を超えたいという気持ち” が一番のモチベーションになっているのかなと思います」 ――田中選手は800m、1,500m、3,000m、5,000m、さらには10,000mと、いろいろな種目で活躍していますが、それぞれの面白さや難しさを教えてください。 「800mはそれほど難しい駆け引きはないので、最初から全力で行くしかないです。全力で走って後半の足が動かなくなるところで、誰が一番足を残せるかで勝負が決まります。そこが走っている立場としては、結構面白い種目かなと思います」 ――昨年 10月の日本選手権の1,500mでは圧倒的な大差での優勝でしたね。 「前段階として日本記録を出せていなかったら、あそこまで自信をもってのレースを考えることはできなかったと思います」 ――8月のセイコーゴールデングランプリで日本記録を出したことが自信になっていたのですね。 「はい。ただ、卜部(蘭)選手には勝ったり負けたりがずっと続いているような状態で、簡単には勝てないというプレッシャーもありました。8月に日本記録を出しているから勝つだろうと思われている周囲からのプレッシャーや、どうしても勝ちたいという自分の思いがあったうえで、いかに勝つかという部分を考えていました。いつもはレースプランをそこまで考えずに走ったほうがうまく走れるのですが、あの時は逆にレースプランをしっかり練ったことで、自信を持って走れたのかなと思います」 ――1,500mだけでなく 3,000mも日本記録を持っていますが、こちらの種目の面白さや難しさはどのような部分でしょうか? 「3,000mは1,500m同様にスピードも持久力も必要ですが、より持久力が必要な種目だと思います。3,000mに取り組むためには、1,500mのスピードだけではいけないところもあるので、そこが難しさだと思います。一方で1,500mを走れるスピードのある選手が持久力を手に入れた時に、すごく楽しく走れる種目でもあります。私も『ホクレン・ディスタンスチャレンジ2020』の時は、練習でスピードの部分、持久的な部分と両方の自信をつけていたので、のびのび走った結果、記録が出たという感じでした。3,000mはまんべんなく力をつければ、考えすぎなくても楽しく走れる種目かなと思います」 ――5,000mは昨年12月の日本選手権で優勝して、東京2020オリンピックへの切符をつかんだ種目です。こちらはどんな魅力がありますか? 「5,000mは走れば走るほど感覚がつかめてくるのですが、そこまでレース数が多くないのが難しいところです。練習と経験を積みさえすれば、落ち着いてレースをすることができると思います。日本の選手は(1km)3分ペースが精いっぱいなので、そこまでのスピード感を感じられるレースではないのですが、世界レベルになってくると、3,000mの延長みたいなレース展開になってくるので、そこが面白いかなと思います」 ――それぞれに特徴や面白さを教えていただきましたが、田中選手が一番好きな距離は? 「私は1,500mが一番好きです」 ――それはどうしてですか? 「小学生や中学生の時から長く親しんできた種目ですし、何回も悔しい思いをしてきた一方で、中学生の時に全国大会で優勝した嬉しい思いもしてきました。そういう意味でこだわりが強いと思います」 ――ではオリンピックへの出場権をつかんだ日本選手権の5,000mを振り返ってもらいたいと思います。同じく参加標準記録を持つ廣中璃梨佳選手が先行する展開で、どんなことを考えて走っていたのですか? 「この日本選手権までの5,000mのレースでは、あまり自信が持てるようなタイムでは走れていませんでした。練習でも自分の理想としている走りに到達できていなくて、そこがすごく不安で自信をなくしていました。そうしたこともあって、相手を大きく感じてしまっていたので、スタートラインに立った時は、あきらめに近い状態だったかなと思います」 ――そうした精神状態が、走っているうちに変化していったのですか? 「現段階では相手のほうが力は上だから、自分はどこまでも我慢してついていくしかないと思っていました。そういう考えだったことで、逆に集中できた面もあります。余計なことは考えずに、ただついていこうと思っていたので、後半ペースが上がっていった時に、相手よりもわずかに余裕が残っていたと思っています」 ――ラスト1周を切ってから前に出ましたが、どこで勝てると感じましたか? 「ゴールした時は意識が朦朧としていたので、もしかしたら抜かれているかもしれないと思っていました。ラスト300mで仕掛けた時に廣中選手が苦しそうなのは見えていたのですが、ラスト100mも後ろの気配を感じながら走っていました。だからゴールした時も自分が勝ったのがわからなかったというか、信じられませんでした」 ――この結果、オリンピック出場が内定しました。どんなことが頭に浮かびましたか? 「このレースに向けてはすごくしんどくて、走ることを楽しめてはいませんでした。これだけ辛い思いをしてまでつかんだ権利だからこそ、オリンピックではその権利を楽しみたいという気持ちです。オリンピックではもっとのびのびと走りたいです。権利を得たことと、応援してくれる人たちに感謝しながら楽しく走れるような準備をしていきたいなという思いが強くなりました」 ――東京2020オリンピックへの思いを聞かせてください。 「東京で開催されるオリンピックというのは一生に一度あるかないかだと思うので、今はできるだけ開催されることを想定して準備をしていきたいと思っています。もし中止になったとしても、今までの取り組みを続けていくだけです」 ――今後の夢、目標は? 「海外のレースでも活躍できるような選手になりたいと思っています。小さい頃から母がマラソンでいろいろな海外のレースに出ているのを見ていましたし、走ることでいろいろな世界を見られるという経験をこれからも続けていきたいです」 こちらのインタビューのほか、田中選手が本格的に陸上に取り組むようになったきっかけや、座右の銘である「一志走伝」に込めた思い、自身が一番こだわりがあるという1,500mへの思い、最も楽しかったレースなど、カラー4ページにわたるインタビューは、3月1日に(公財)東京都スポーツ文化事業団が発行した『スマイルスポーツVol.85』に掲載されています。 田中希実(たなか・のぞみ) 1999年9月4日生、兵庫県出身。2019年に世界陸上初出場を果たし、5,000mで決勝に進 出(14位)。2020年7月8日 の「ホクレン・ディスタンスチャレンジ2020」3,000mでは日本記録を18年ぶりに更新(8分41秒35)して優勝。同年8月23日の「セイコーゴールデングランプリ陸上2020東京」1,500mでは4分5秒27の日本記録で優勝を飾った。同年12月4日の日本選手権5,000mで優勝し、東京2020オリンピックの代表に内定した。
編集部01