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「歴史的圧勝」文在寅政権「検事総長捜査」と「経済危機」

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 4月15日投開票だった韓国総選挙で、左派系の与党「共に民主党」が保守系の最大野党「未来統合党」を抑え圧勝した。系列の比例代表政党「共に市民党」と合わせて改選前の128議席から52議席伸ばし、定数300のうち180議席を獲得した。  国会で法案処理が極めて有利になる5分の3の議席を占める「巨大与党」の誕生は、1987年の民主化以降初で、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、残り約2年の任期を与党の圧倒的多数の安定した環境で、国政運営ができることになった。 ■歴史的圧勝の背景は  選挙戦は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で不安が高まる中、与党優勢で進んでいた。まさに「国難」の最中に国の方向を決めると言っていいものだった。韓国の有権者は結局、「国難克服」に力を注ぐ文在寅政権による安定的な国政運営を選んだ。  文在寅政権下の韓国は、経済が低迷の一途をたどっている。本来、国民の最大の関心事は「暮らし」であるにもかかわらず、有権者の多くは与党による政治を選択したわけだ。  韓国では4割ほどの文在寅支持層がいると言われており、文在寅大統領の支持率は、これまで最低でも40%をわずかに割ることが数えるほどしかなかった。  また、小選挙区では伝統的に左派志向が強い南西部の全羅道(チョルラド)で、与党は今回も完勝。全有権者の半数近くを占めるソウル首都圏でも圧勝した。ソウルの選挙区では、富裕層が多い江南(カンナム)区とその周辺の数カ所を除いて、与党が議席を獲得した。  与党圧勝の背景には、新型コロナウイルス対策と、地域的な確実な支持のほか、「格差に対する一般的な国民の不満」もうかがえる。  ソウルの江南区など金持ちや豊かな人々が多い選挙区では、保守の第1野党が勝ったが、それ以外の選挙区では惨敗した。これは象徴的である。富裕層に対する目は、羨望を超えて反感になっていると言ってもいい。この傾向は今回、一層強まったかたちだ。  また、選挙では高齢層で今回も野党への支持が高かったのに対し、30~40代の世代で与党支持の傾向があったと言われる。こうした比較的若い世代には与党そのものよりもむしろ、保守系野党への反感や拒否感が強かったとの分析もある。 ■最も驚いたのは政権与党  今回の選挙の投票率は前回2016年の選挙より8.2ポイント伸び66.2%。1992年の総選挙以来の高さで、有権者の関心を物語っている。それよりも驚くべきは、議席の6割を席捲した与党系の獲得議席だ。  与党「共に民主党」は有利に展開していた選挙戦中、獲得議席「130プラスアルファ」と予測していた。ところが、フタを開けてみれば「プラスアルファ」どころではない。同党は改選前、128議席だったが、系列のミニ政党「共に市民党」と合わせて50議席以上伸ばし180議席。韓国紙には「スーパー議席」との表現も見られた。  2016年の前回総選挙、17年の大統領選挙、18年の統一地方選挙、そして今回の総選挙での歴史的圧勝と、現与党はなんと4連勝だ。この、韓国民主化(1987年)以降、国民から最大の支持を集めた「偉業」に、最も驚いているのは政権与党自身であろう。  文在寅大統領は、与党の議席大幅増と圧勝について、 「決しておごらず、さらに謙虚に国民の声に耳を傾ける」  と述べた。さらに、 「新型コロナの感染が世界的に広がる中、予定通り国内全土で選挙ができたのは主要国で韓国が唯一だ。世界を驚かせた」  と強調し、国民の協力に感謝した。  また、勝利した「共に民主党」の李海瓚(イ・ヘチャン)代表は、 「選挙勝利を喜ぶ前に重い責任を感じる」  と語り、 「党はもっと気を引き締めなければならない。国政に重い責任感で臨むべきだ」  と強調した。  さらに、今回の選挙で野党「未来統合党」の代表、黄教安(ファン・ギョアン)氏との一騎打ちで勝ち、2年後の大統領選挙の最有力候補の座を固めた李洛淵(イ・ナギョン)共同常任選挙対策委員長も、 「重く恐ろしい責任を感じる」  と思いを口にした。  大統領、与党代表、そして次期大統領の候補と見なされている5期目のベテラン議員のいずれもが予想外の大勝利に驚いたが、共通して発したのは、 「謙虚な姿勢で国民の声を聴く、国民に配慮する」  だった。「勝って兜の緒を締めよ」というところだろう。 ■与党の独壇場に  前述の通り「共に民主党」は系列政党も含め180議席を獲得したわけだが、他の左派系政党や議員を含めると、韓国国会300議席のうち190を左派系が占めることになった。  韓国では通常、全体の5分の3以上の議員の賛成なしに法案を採決できないが、6割の議席を得たことで、与党は今後、この規定に縛られない。憲法改正以外は、法案処理で極めて有利になり、やりやすくなる。  このため、与党は今後少なくとも4年間、さらに思い通りに国政を動かすことが予想される。  まず考えられるのが、対北朝鮮融和政策の促進だ。文在寅大統領は今年初め、韓国人の北朝鮮への個人旅行、南北保健協力、非武装地帯(DMZ)の平和ベルト構築などを推進する考えを表明している。  また、2032年のソウル・平壌五輪共同招致の考えも示しており、与党は南北経済協力や、中断している金剛山観光、開城(ケソン)工業団地の事業再開を推進する意向を表明している。問題は、金剛山観光や開城工業団地再開が国連安保理の対北制裁決議に違反することで、米国などから反対される可能性は高い。  国内的に起こり得ることは、より現実的で生々しいものになりそうだ。  野党は、親族らの不正疑惑で昨年辞任した曺国(チョ・グク)前法相の選挙介入疑惑を政権与党への攻撃材料にしたが、感染問題で曺国問題は吹き飛んでしまった。  与党の圧倒的な議席は、むしろ曺国問題とからみ文在寅政権が進める検察改革に影響を及ぼす。  与党と左派の小政党は昨年12月末、大統領直属の高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の設置法案を強行採決した。この公捜処は、捜査対象を公務員に限定した機関で、曺前法相の疑惑を捜査している検察も捜査を免れなくなる。法案の廃棄を狙っていた野党が後退したことにより、与党の過半数獲得で公捜処は予定通り7月に発足することになる。 ■徹底的な報復も  公捜処の設置により、曺国疑惑の捜査の指揮をとっている検察トップ、尹錫悦(ユン・ソンヨル)検事総長への捜査も現実のものとなってくる。  曺前法相の息子を大学に入学させるための文書偽造で在宅起訴された崔康旭(チェ・ガンウク)前大統領府公職紀綱秘書官は、今回の選挙で左派の小政党の比例で当選した。崔氏は選挙中から、 「尹錫悦が私の起訴をはじめ、法に背いたのは一度や二度ではない。公捜処が尹錫悦を捜査するだろう」  と予告していた。  崔氏を含め、曺国疑惑の事件(選挙への介入など)で起訴された元大統領府高官や警察幹部は3人いる。与党内部で特に尹錫悦氏への恨みを募らせているのは、彼らが公言しているように確実だ。  尹氏の腹心の検察幹部や検事は、すでに「検察改革」を名目に地方に異動させられた。最終的には検察トップの尹氏の捜査、そして逮捕というシナリオが現実となるのは見えている。  与党は今後、検察だけでなく、選挙で徹底的に叩きのめした保守勢力、文在寅政権を攻撃してきた野党の現職、元職議員への報復に出る可能性が高い。  選挙での圧勝を受け、与党幹部は国政の安定に向け野党に協力を呼びかけてはいる。しかし、180人の与党議員、そしてその支持層が黙っているはずはない。  この懸念は、韓国の内政に限ったものではない。  日本との関係だ。  韓国の対日政策にも与党内部からの声は、間違いなく新たにマイナスの影響を及ぼしそうなことが起きている。 ■日韓関係、一層泥沼に  選挙で与党系の「共に市民党」の比例代表区で名簿7位の尹美香(ユン・ミヒャン)氏が予想通り初当選した。尹氏は元慰安婦の女性を支援する「正義記憶連帯」(旧・韓国挺身隊問題対策協議会)で長年、代表を務めてきた人物だ。  尹氏は、ソウルの日本大使館前で毎週水曜日に行われている日本政府への抗議集会を主導し、今年に入っても集会で「反省しない日本の姿を世界に知らしめよう」などと叫んでいる姿を見かけた。  慰安婦問題の完全かつ不可逆的な解決で日韓両政府が約束した2015年の合意に真っ先に反対し、破棄を主張したのも尹氏。合意に基づき日本政府が拠出した10億円で韓国政府が設立した、元慰安婦のための財団を解散に追い込んだのも尹氏が中心となった集団だ。  尹氏の主張に与党内部で反対する者は、まずいないと言っていい。党内には日本政府拠出の元慰安婦のための10億円を「日本に突き返すべきだ」という意見が圧倒的に多い。  選挙公約に従い、与党は今後、「女性人権平和財団」を設立し、慰安婦問題に関する調査や研究を行う見通しだ。当然、尹氏はこれに直接関わるどころか、主導権を握るものと見られている。  また、いわゆる元徴用工をめぐる問題の見通しも暗い。元徴用工訴訟で日本企業に賠償を命じた2018年の韓国最高裁判決に基づき、韓国では日本企業の資産の現金化が時間の問題となっている。文在寅大統領は「司法判断を尊重する」との立場を変えておらず、「時間がない」とまで語っている。  この日韓関係の根底を決定的に揺るがすことが、与党・左派勢力の圧力であり、ますます現実的になってきた。悪化の一途をたどってきた日韓関係は、当面、改善しそうにない。現状のままよりも、一層の悪化、泥沼化が必至な情勢だ。 ■韓国経済が破綻しても  新型コロナへの感染対策で「世界が韓国を評価している」と大統領を筆頭に喜んでいる韓国。だが、新型コロナを克服した後への深刻な懸念がある。低迷している経済の一層の悪化だ。  韓国統計庁が選挙2日後の4月17日に発表した3月雇用動向では、同月の就業者数は前年比で19万5000人減少した。世界金融危機(リーマンショック)を受けた2009年5月(24万人減少)以来の減少規模という。中でも20代の就業者数の減少がひどく、17万6000人減った。青年層の4分の1以上が失業状態に置かれている。  成長の鈍化、輸出と投資のマイナス続き、雇用減少など、韓国経済は悪化の一途をたどっている。そこに新型コロナが加わった。韓国では日本以上に、財界、企業関係者が今後、自国経済に起こるであろうことに戦々恐々としている。  ただ、文在寅政権はこれまで、「所得主導経済」と称した経済政策で、国民の不満をかわしてきた。一言で言えば、大衆受けする「バラマキ政策」だ。親労組で企業の力を弱め、財政をも悪化させる。このバラマキが韓国の財政への負担となっており、経済専門家や財界は懸念を強めているのだが、場当たり的でも、大衆受けするものは庶民からは受ける。問題はこれがいつまで続けられるかだ。  韓国経済が破綻するようなことがあったとしても、文在寅政権の支持層、特に左派勢力は政権を批判せず、批判の対象を他のものに見出すことだろう。自分たちの選んだ指導者、政治家を真っ向否定はできない。  そんな中、文在寅大統領は4月18日夜、ドナルド・トランプ米大統領と電話会談した際、 「韓国は新型コロナ対応で最高の模範を示した」  と称賛されたという。本格的な経済危機の足音が聞こえているにもかかわらず、韓国は米大統領からの誉め言葉に嬉々としている。

名村隆寛

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