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料理研究家・辰巳浜子さんの本から学んだ料理の楽しさ|料理ができない!うつ病が教えてくれた家事の意味

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幻冬舎plus

阿古真理 (作家。生活史研究家。) たくさんの思いを詰め込んだ『昭和の洋食 平成のカフェ飯』が注目されたおかげで舞い込んだのが、その後『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』となる本の執筆依頼だ。本の中にある、働く女性としての自負を持つ小林カツ代と、「主婦」としてのアイデンティティを大事にする栗原はるみの対比が面白い。ぜひその両者についての本を書いてほしい、と編集者に言われた。 私は私で、『昭和の~』を執筆中、料理研究家は社会貢献をしているにも関わらず、食文化の歴史にもあまり紹介されていないし、評論の対象にもなっていないなど、社会的評価が高くないのではないか、と気になっていた。  「料理研究家など不要の仕事だ」という人がときどきいるが、必要なかったらこんなに大勢の料理研究家たちに仕事があるはずがないし、書店で大量のレシピ本が売られることも、テレビで料理番組が放送されてきたわけもないのだ。社会にとって必要だからこそ、彼らの仕事は成り立っている。 私は、「料理研究家の通史なら書きます」と言ってその仕事を引き受けた。 料理研究家は、近代化が進む時代に生まれた職業である。薪の火で、季節の身の回りにある食材だけで同じような料理を作っていた時代は、受け継がれてきたレシピで事足りた。いろいろ作るには、台所環境にも食材にも制約が大きく、何より台所の担い手が忙し過ぎた。 しかし、近代化によって専業主婦が生まれ、台所にガスや水道が入って便利になり、生産や流通が発展して食材の選択肢が豊富になると、料理を工夫しようという気持ちが主婦の間で育つ。ガスコンロがある台所は、かまどの台所とは使い方も変わる。 近代には、栄養学も生まれた。栄養状態が悪いと病気になる、場合によっては死を招くことが知られ始めたことも大きい。また、新しい食材を使いこなす知恵も過去には求められない。新しい時代に対応したレシピが求められたのである。 その後環境が変わって共働き女性が増えると、今度は豊かな食卓に慣れた人たちが、どのように工夫すれば仕事と家事を両立できるか、教えてくれる人が求められた。子供のお手伝いが当たり前でなくなると、大人になって台所に立つ人が、初歩的な知恵をメディアに求めるようにもなった。何しろ時代はどんどん変わるので、親から子へと知恵を受け継ぐだけでは足りない知恵がたくさんあるのだ。教える親がいない場合もある。 そしてもちろん、楽しみもある。今まで食べたことがない料理を、作ってみたい人も食べてみたい人もいる。趣味も実用も抱き込んで、料理の知恵を伝えるプロが必要とされる社会になったのである。 料理研究家の本を書くために、私はいろいろな時代を代表する料理研究家たちのレシピ本やエッセイ集、インタビューなどをかき集めた。私自身はふだん、レシピを参考に料理することがないので、改めてそういった本を読むと、案外知らなかったコツがわかる楽しみもあった。 特に印象的だったのが、和食のコツで、高野豆腐を戻すのはぬるま湯が必要という話。高野豆腐を日常食にする関西人の私は、たまに高野豆腐を出汁で煮て、卵と絹サヤでとじた煮ものをつくる。しかし、お店のものと違って、固い仕上がりになることが気になっていた。自己流の私は、水で戻していたのだ。ぬるま湯でうまく戻せた日、その発見を夫に伝えると「だからいつも固かったんや」と言われた。 辰巳浜子さんの本を復刻した『手しおにかけた私の料理』を読んだときは、出汁を取る昆布が「ゆらりと揺れ始めたら火を弱めます」という細かさにおののく。しかし、昆布を煮ている間に鍋の中をにらみ、泡が少しずつ出て「ゆらり」となる瞬間を狙い、引き上げるのが、勝負をするみたいで何だか面白くなった。 この本ではもう一つ、辰巳浜子さんがナスが味噌汁で色が変わるのが嫌だ、と生み出した、というごま油で炒めたナスを味噌汁に入れる方法も真似した。私は、ナスが崩れるのが気になっていたのだ。ごま油で炒めると香りができるし、油のうまみが欲しくてたいていの味噌汁に入れる油揚げも必要ない。そして、ふっくらと形を保ったナスもおいしい。 辰巳浜子さんの意図とは違うかもしれないが、油でコーティングする知恵をここで学んだ私は、その後、カブを炒めてから煮るスープやシチューをつくるようになった。カブも煮るとクチャクチャに崩れるから。炒めたカブって薫り高くておいしいんですよ。炒め物には、前からよく使っていた。 それまで私は、必要に迫られるから、というだけで料理していることが多かった。何しろ毎日食べないと生きていけないけれど、毎日外食するのはお金もかかるし面倒だし飽きる。いつも夫に頼むわけにもいかない。でも忙しいしめんどくさいから、適当にいつもわかっている料理をつくる。 だから、こんなにも真剣に料理に向き合い、料理を心から楽しんで工夫する人たちがいることに、改めて驚いた。料理が大好きな料理研究家たちの思いが、どんどん頭に入ってくる。やがてその驚きは、料理研究家たちに対する尊敬へ育っていった。 私はなんていい加減に料理とつき合ってきたのだろう。それに対して、この人たちはなんて料理を愛しているのだろう。「料理って楽しいのよ」という彼女たちの声が心に届く。そうか、楽しいのか。 この本を書いていた2014年、私はもう一冊、『「和食」って何?』という食文化史の本も抱えていた。両方の出版社に、交互に原稿を書く旨を伝え執筆したのだが、どちらも大量の資料を必要とする。私は台所のテーブルで、本を読んではメモを取り、ある程度整理したうえでパソコンに向かう、という生活を続けた。 昼食前や夕食前になると、食事の段取りも必要になる。台所で下ごしらえをしてから、椅子に座って資料をまとめ、火にかけてまた仕事をし、そのくり返しで料理について考え続けていた。 その料理と仕事、仕事と料理、のくり返しの作業が、私に仕事と家事の両面で新しい発見をもたらしてくれたのである。その話は次回にお伝えしたい。 ■阿古真理(作家。生活史研究家。) 1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部総合文化学科(社会学)を卒業後、広告制作会社を経てフリーに。1999年より東京に拠点を移し、食や生活史、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『うちのご飯の60年 祖母・母・娘の食卓』『昭和の洋食 平成のカフェ飯 家庭料理の80年』『「和食」って何?』『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』『料理は女の義務ですか』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか パンと日本人の150年』『パクチーとアジア飯』『母と娘はなぜ対立するのか 女性をとりまく家族と社会』など。

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