自費出版で1万部を記録した注目の若手作家・小原晩「自分の人生に起こったことはすべて自分にとって普通のこと」
■固有名詞を出すと人格批評の対象にされる ――あと、エッセイの中にカルチャー系の固有名詞がほとんど出てこないですよね。こういうときにこういう映画を観た、こういう曲が流れていた、という描写が少ない。それも今のエッセイ本のトレンドと真逆だなと。 小原 作品の固有名詞や、人の名前を出すと、なんというか、色がつきやすいですよね。それが有効なときもありますけど、便利に使って雰囲気を出すのはズルしてるみたいで。 ――固有名詞をあえて削っているからこそ、世代に縛られない内容になっているのが面白いですね。実は時代感もよく読まないとわからない。 小原 そういえば最近書いたエッセイでも、「音楽家のライブに行った」と書きました。折坂悠太さんだったんですけど。 ――そこで「折坂悠太のライブに行った」と書いたほうが、共感してくれる層を計算しやすいじゃないですか。それこそバズりやすくなる。でも、それはイヤなんですね? 小原 折坂悠太さんのことを知らない人が読んでも、何か感じられるものがある文章のほうがいいと思っています。 ――新たに発売された『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』の実業之日本社版でも、そこは変わらない? 小原 そうですね。加筆分では元のトーンを保ちながら、当時書こうと思って書けなかったことや、新しい環境での生活のことを書いています。自費出版のときは大阪に引っ越すところで終わっているんですけど、今はまた東京に戻ってきているので、その話とかですね。よく行っているスーパー銭湯の話とか書いています。 ――それも固有名詞は伏せて。 小原 「荻窪のスーパー銭湯」としか書いてない(笑)。 ――そもそも1か所(なごみの湯)しかないですよ! 小原 そうなんですよね(笑)。あ、それから美容師時代のエッセイでも、ブラックな職場を辞めるときのことをあらためて詳しく書いていたりするので、欠けていたピースが埋まる感じがあるかもしれません。 ――じゃあ、すでに自費出版で読んでいた人にも。 小原 そういう方にもぜひ読んでもらいたいですね。 ●小原晩(おばら・ばん)1996年東京生まれ。作家。2022年3月に自費出版にて初のエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください(私家版)』を発売すると一躍話題に。現在までに1万部以上を売上げる大ヒットとなった。2023年9月には2冊目のエッセイ集『これが生活なのかしらん』(大和書房)を発売し、こちらも大ヒットとなっている。公式X&公式Instagram【@obrban】公式HP【】 ■『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』実業之日本社 価格 1,760円(税込)1万部を突破した伝説的ヒットの自費出版エッセイ集、新たに17篇を加え、待望の商業出版! 取材・文/小山田裕哉 撮影/馬込将充