人類が経験したもっとも悲惨な病気の1つ「プリオン病」の実態
牛から人へ感染するとして、1990~2000年代にかけて問題となった“狂牛病”(牛海綿状脳症=BSE)。その原因が「プリオン」という特殊なたんぱく質です。プリオンが原因で脳の神経細胞などが壊れる病気の総称をプリオン病といい、さまざまな種の動物が感染します。BSEの騒動から時がたち忘れられつつあるプリオン病ですが、近年、欧米などで鹿に感染するプリオン病の一種が拡大し、大きな問題になっています。水澤英洋先生(国立精神・神経医療研究センター理事長/総長)に、今重要な病気とされるプリオン病について聞きました。
◇プリオン病とは何か
プリオン病とは、感染性を持つ異常たんぱく質「プリオン」によって、主に脳内の神経細胞が壊れる病気のことです。中には、遺伝性のものや、動物から人へ「種の壁」を越えて感染するものもあります。1990年代から2000年代にかけて世界的に問題となったBSEもプリオン病の1つです。 ヒトに発症するプリオン病は、歴史的にはクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD、ヤコブ病)と呼ばれています。この病気も他のプリオン病と同様にいまだ治療薬がなく、急速に進行する認知症を呈して、発症後平均1~2年で100%死亡します。人類が経験したもっとも悲惨な病気の1つと言えるでしょう。 プリオンの研究は、1950年代アメリカの医学研究者ガジュセック博士がクールー病の調査を始めたことに端を発します。クールー病はニューギニアのフォア族に蔓延した脳の病気で、カニバリズム(人が人の肉を食べる行為・習慣)が原因で起こっていたことが判明しました(現在はカニバリズムが禁止されている)。クールー病、さらにヤコブ病の脳組織をチンパンジーに移植して同じ病気を伝達できることを証明したのです。この感染性の証明に関するガジュセック博士の研究は、1976年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。これらの病気は脳組織にスポンジのような空胞ができる海綿状脳症が特徴で「伝達性海綿状脳症(TSE)」と呼ばれるようになりました。 ただし、当時は感染の原因は明らかではありませんでした。その後、この病気を伝達する(感染させる)原因の研究が進み、たんぱく質のみからなる感染因子という意味でプリオンを提唱したアメリカのプルシナー博士が、1997年にノーベル医学生理学賞を受賞。このプリオンを詳しく調べると、正常なプリオンたんぱく質とアミノ酸の配列は同じなのに立体構造が微妙に異なることが分かりました。そのわずかな差で、恐ろしく毒性が上がるのです。