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7月3日世界同時配信! 大人気ミュージカル『ハミルトン』を作ったリン・マニュエル・ミランダの類まれなる半生

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BUSINESS INSIDER JAPAN

リン・マニュエル・ミランダ(Lin-Manuel Miranda)は一見、突然現れたかのように見える。ミュージカル『ハミルトン(Hamilton)』を世に送り出した後、ミランダはその名を知られるようになり、それ以来、活躍の場を広げている。 【全画像をみる】7月3日世界同時配信! 大人気ミュージカル『ハミルトン』を作ったリン・マニュエル・ミランダの類まれなる半生 ミランダが脚本、主演を務めた『ハミルトン』は2015年にオフ・ブロードウェーで初演後、すぐに史上最も人気の高い、最も利益を上げたミュージカルの1つになった。『オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)』や『ライオンキング(The Lion King)』『ウィキッド(Wicked)』といった人気作品に並ぶほどだ。 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)のせいで2020年3月にブロードウェーが閉鎖されるまで、『ハミルトン』はブロードウェーで最も人気の高いショーの1つだった。チケットには数百ドル(転売サイトでは数千ドル)の値が付き、何カ月も前に手配しないと入手できなかった。 だが、ミランダの最初のヒット作は『ハミルトン』ではない。ミランダは大学在学中から取り組み始めたヒップホップとサルサを組み合わせたミュージカル『イン・ザ・ハイツ(In the Heights)』でも脚本、主演を務めている。40歳になったミランダはこれまでにピューリッツァー賞、エミー賞、トニー賞、グラミー賞などを受賞している。 ミランダのこれまでのキャリアを振り返る。 (敬称略)

リン・マニュエル・ミランダは、子どもの頃からミュージカルに興味があった。

ニューヨーク市で生まれたミランダは、アッパー・マンハッタンのワシントン・ハイツで育った。 7歳の時、家族と一緒にブロードウェーで初めて見た『レ・ミゼラブル』がミュージカルを志すきっかけになったと、ミランダは話している。 ハンターカレッジ高校に進学すると、ミランダはミュージカル劇にも参加した。

大学進学後、ミランダは初めてのミュージカル『イン・ザ・ハイツ』の作詞・作曲を手掛け、主演を務めた。この作品は2008年、ブロードウェーで上演された。

ミランダの"休みなし"の職業倫理は、ウェズリアン大学で始まった。1999年、大学2年生の時にミランダは初めてのミュージカル『イン・ザ・ハイツ』の草稿を書いた。2000年4月には大学の劇団「Second Stage」によって上演された。 ヒップホップにサルサとラテン音楽を組み合わせたこのミュージカルは、ミランダが育ったヒスパニック系アメリカ人が多く暮らすマンハッタンのワシントンハイツが舞台だ。 初演後、ミランダのもとには、ショーをブロードウェーに持って行かないかとアプローチがあった。2005年にコネチカット州で上演された後、『イン・ザ・ハイツ』は2008年2月、ブロードウェー進出を果たした。ミランダが28歳の時のことだ。評判は上々で、多くの批評家がミランダの感情豊かな歌詞を強みと見なした。 『イン・ザ・ハイツ』はトニー賞13部門でノミネートされ、ミュージカル作品賞、オリジナル楽曲賞を含む4部門を受賞。ショーは2011年に終了した。

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