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共産圏変えた「ラジオ・フリー・ヨーロッパ」 民主化後退で再び拡大 ベルリンの壁崩壊30年、東欧は今(2)

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 「実は非合法冊子をつくっていたんだ。印刷機は大きな音がでるので、騒音を立てて機械の音が外に聞こえないようにした。ウオッカを飲み、音楽をガンガンかけて、ダンスして…。そういうのはポーランドでは普通のこと。あやしまれない」。政権に批判的な話題を載せる冊子の主要情報源の一つは、RFEなど西側のラジオだったという。  ▽市民動かした誤報  RFEは冷戦期の東欧に「公正で客観的なニュース」を伝え、民主化を促すため50年に開局した。ソ連向けの姉妹局ラジオ・リバティ(RL)とともに旧西ドイツ・ミュンヘンに本部を起き、東欧各国の公用語を用いて短波などで放送。東欧革命で大きな役割を果たす。放送対象国に自由なメディアがあれば行うであろう報道を代行する「サロゲート(代理)放送」を目的とする点で、同じ米国系でも政府の主張を伝えるVOAとは立ち位置が異なる。  90年代以降、東欧各国に報道の自由が確立されたとみて、放送を順次縮小。2008年までに旧ユーゴスラビアの一部の言語を残すのみとなった。

 1995年には本部がチェコのプラハへ移転。冷戦期の同局の役割を高く評価したチェコ政府が誘致した。入館時は厳しい手荷物検査を受ける。要塞(ようさい)のような建物は「米国大使館と同じ仕様です」と広報担当者。ミュンヘン時代の81年には爆弾テロ攻撃も受けている。  チェコの89年ビロード革命の際、RFEは当局の統制下にない唯一のメディアとして50万人もの市民が集まったプラハの反政権集会に記者を送った。「私も聞いていた。RFEは市民を動かした」と、革命時に若手カメラマンとして現場を駆け回った写真家マルティン・シミッド氏(56)は話す。  その際、RFEは警官隊との衝突で学生が死亡したと伝え、人々の政権への反感を一層高めた。これは実は誤報。国営局は「うそだ」と繰り返したが、信頼されたのはRFEの方だった。  ▽フェイクニュース対策  歴史的役割を終えたかに見えたRFEが近年、再び活動を拡大しつつある。ルーマニア語とブルガリア語の部署が2019年に復活、インターネットでニュース発信を始めた。ハンガリー語も20年に復活する。

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