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史上最大の協調減産「トランプ仲介」受け容れたプーチンの「腹の裡」

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 ロシアの行動原理がよく分からない。  これは、今に始まったことではない。  筆者にとって2冊目になる『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』(文春新書、2016年1月)を書くための勉強をしていて、日本として歴史上初の海外油田自主開発を成功させた「北樺太石油」を巡るロシア(当時はソ連)とのやり取りに愕然とした記憶がある。  1925(大正14)年、日ソ基本条約締結にあたって、日本軍の北樺太からの撤退を石油利権交渉開始の条件とされ、交渉団長だった中里重次海軍中将をして次のように慨嘆せしめている(ちなみに当時、南樺太は日露戦争後のポーツマス条約で日本領となっており、北樺太は、赤軍パルチザンに邦人700名を殺害され、財産すべてを奪取された「尼港事件」がきっかけで日本軍が占領しており、樺太全土を日本が実効支配していた。北樺太では、ロシア時代に権益を入手した「北辰会」=国内石油5社の連合組織=が探鉱事業を行っていた、という時代背景がある)。 〈利権契約は日本軍の樺太撤兵後五ケ月以内に締結せらるべきこと、即ち先以って占領を解除し一切の権利実力を還付したる後、細目協定に入るべきことを約束せられ大なるハンデーキャップを附せられたるを以て、斯くては全然背後の実力を喪失し空拳を以て戦はざるべからず羽目に陥るべきこと等、甚しく不利の条約を締結せられしものと感じたればなり〉(『回顧録 其の一』中里重次著、1936年、国立国会図書館近代デジタルライブラリー)  さらに、交渉開始も焦らされ遅らされ、その結果交渉期間を短縮させられ再び焦らされ、次いで鉱区を碁盤の目の状に日ソ交互に所有することにされたため、日本側がリスクを冒して掘削し、成功した鉱区の隣でしか掘削しないので、ソ連側はほぼ100%成功するという素地を作られ、おまけに日本側に前払いで将来の生産原油を買わせ、その代金で日本から資機材を購入して開発作業を行い……等々、当該交渉を通じて日本側がソ連側にいいようにあしらわれた例は、枚挙にいとまがないほどだ。  そして時代が下って2006年、環境問題を理由にして交渉に引きずり込み、「サハリン2プロジェクト」の権益50%+1株を「ロイヤル・ダッチ・シェル」「三井物産」および「三菱商事」から「簿価」で買い取った事例も、詳しくは勉強していないが、さもありなん、と思わせる所業だ。  爾来、「ロシアは我々とは別のルールに則ってゲームをしている」と認識している。  先日、初めて足を踏み入れた国会内の会議室で「参議院資源エネルギーに関する調査会」の委員先生の皆様方にもその旨を申し上げた。  だが、ではロシアが依って立っているのはどんなルールなのか、それが依然として漠としているのだ。 ■「池内×岩瀬×小泉」鼎談!   フォーサイト「お知らせ」欄でも告知されているとおり、今週末の4月18日(土)『ニコニコ生放送 国際政治チャンネル』という媒体で、おなじみの池内恵先生とともにロシア問題専門家の小泉悠先生とご一緒させていただく予定になっている。  テーマは「2020年 石油価格戦争」、本欄をお読みいただいている読者の皆様には目新しくも何ともない話題だ。  だが筆者は、この機会に「ロシア人の行動原理」について小泉先生のご高説をたっぷりと聞かせてもらおうと思っている。  最初にお声をかけていただいた時の話では、「学者・専門家の皆さんが正規の会合が終わった後の懇親会でくつろぎ駄弁っている様」を放映する、というようなコンセプトとのことだ。  その道の専門家に、恐れ多くてなかなか突っ込んで聞くのがためらわれるようなテーマを、肩ひじ張らずに聞けるという、何とも素晴らしい企画ではないか。  だが、時節柄、膝をつき合わせて盃を傾け合うことは断念せざるを得ず、筆者は初出演なのだが、人生初の「Zoom呑み会」となりそうなのだ。  ならば、本当に缶ビールでも片手に臨もうか。  小泉先生には、今回の「石油価格戦争」に連なる一連の動きの中で、ロシアが採った行動についてもご意見を聞いてみたいことが多々ある。  まず、最初にサウジアラビアの「追加減産」提案を蹴飛ばしたのはなぜか?   次に、折から新型コロナウイルスのパンデミックが想定以上の速さをもって欧米で事態を悪化させ、石油需要の大幅落ち込みが予想されるようになり、油価が国家予算前提価格(42ドル/バレル)の半分にまで下落したとき、ロシア政府首脳部はこの事態をどう評価していたのか?   そもそも2017年1月からサウジと「OPEC(石油輸出国機構)プラス」として共同歩調を歩んできたが、ロシアにとってサウジとはどんな存在なのか?   最終的に、「OPECプラス」として970万BD(バレル/日)という、歴史上最大の協調減産に合意するにあたり、ドナルド・トランプ大統領の「仲介」が一役買っているが、トランプ大統領をどう評価しているのか?   等々――。  これらを学ぶことにより、ロシア人の行動原理の輪郭くらいは掴みたいものだ。  かくて、来週から筆者のロシアに関する分析は鋭さを増すことになるだろう。  というのは冗談で、相変わらず右往左往しながら、問題を見つめていくことしかできないであろうが、読者の皆様にはただひたすらご寛容であることを希う次第である。  さて、このように長い前文を書いたのには理由がある。  今朝起きてエネルギー関連のニュースを渉猟していたら、興味深い『フィナンシャル・タイムズ』(FT)の記事に遭遇したのだ。「Putin seizes crude supply deal to oil relations with Trump」というタイトルのもので、今回の一連の流れの中の最終部分、この1週間ほどの動きをロシアの観点から報じているものだ。  今回、ロシアがトランプ大統領の「仲介」を受け入れ、3月初めに決別したサウジとよりを戻し、最終的に「OPECプラス」の枠組みを復活して「協調減産」を再開させたのには、多くの理由が考えられるだろう。 『FT』記事は、ロシアが米国との関係改善を目指していることを主因として挙げている。  筆者は特に、クリミア侵攻によって科された米国およびEU(欧州連合)からの制裁、特にエネルギー分野における制裁を何とかしたいと思っていることがあるのではないかと考えている。  ロシアは、エネルギー分野における制裁により、最新の技術、資機材が入手できない状態が続くと、近い将来、生産量を維持できなくなる技術的リスクを抱えているのだ。大手国際石油の技術と資本はぜひとも欲しいところなのだ。  さて、当該記事は、東京時間2020年4月14日午前5時ごろの掲載で、モスクワ特派員のヘンリー・ホイが書いた原稿に、米国外交防衛担当記者のカトリーナ・マンソンが加筆修正した体裁となっている。  ちなみにサブタイトルは「Moscow hopes co-operation in cutting OPEC+ accord will drive progress in relations with US」となっているが、その要点を次のとおり紹介しておこう。 ■事実上の「三巨頭」 ■ほんの数回、電話で話をするために250万BDを差し出すというのは、とんでもない取引のように聞こえるが、もし米大統領トランプとの関係再構築に繋がるのであれば、露大統領ウラジーミル・プーチンは躊躇なくその取引にのるだろう。 ■ロシアの大統領は3月30日以降、2019年1年間で行った総回数よりも多い5回の電話会談を米国の大統領と行い、新型コロナのパンデミックによって石油需要が大幅に落ち込んでいることへの対応策として、史上最大となる協調減産に関する協議を行った。 ■トランプ大統領は4月2日、プーチン大統領とサウジのムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)皇太子とのあいだの協調減産協議の仲介を行っていると発表した。米露サの3カ国は昨年、世界全体の石油生産の約3分の1を生産しているが、これまで3カ国で協力関係を持ったことはなかった。 ■それから1週間後、プーチン大統領は、米国が特にロシアの石油業界を標的にして過去6年間制裁を科しているにもかかわらず、生産量の約4分の1に相当する減産に合意したが、トランプ大統領は、この合意により「米国エネルギー産業の数十万人もの雇用が守られることになろう」と語った。ロシアが長いあいだ追い落とそうとしてきた米シェール業界の雇用が、である。 ■日曜日(12日)の遅くに発表された協調減産への市場の反応を見ると、業界が抱えている病を治癒するものではないようだし、プーチン大統領やトランプ大統領、あるいは他の協調減産参加者たちが望んだほどには油価を押し上げはしなかった。 ■だが、ロシア政府にとっては、ロシアが米国の重要なパートナーであるということを示し、トランプ大統領との関係を改善する非常に稀なチャンスだった。両国の関係は、ロシアによる米大統領選への介入疑惑や、欧州へのガス供給問題から核ミサイルの発射実験などあらゆる場面で衝突し、打ちのめされてきているものだ。 ■「この偉大な事業を私とともに成し遂げてくれた皆さん、特にロシアとサウジの皆さんに対して感謝したい」と、トランプ大統領は月曜日(13日)にツイートした。 ■「本件については、米露間に共通の利害が存在する」と「カーネギー国際平和財団モスクワ・センター」のドミトリー・トレーニン所長は指摘する。「トランプの介入は……早く妥協できるようになるので、プーチンは歓迎した」と。 ■いずれにせよロシアは、石油需要が崩壊状態にあるので減産をしなければならず、この協調減産合意は外交上、非常に多くの恩恵をもたらすものだった。 ■「ロシアの観点から見ると、この協調減産はいくつかの利点がある。米国、サウジ及びロシアを、エネルギー問題における事実上の『三巨頭』に仕立て上げた」と彼は付言している。 ■この短期的な打開に対してロシア政府高官は慎重な姿勢を示しているが、ロシアの外務副大臣は今週末、宇宙における協力の問題を巡って米国との協議を提案している。さらにロシア政府は、来年2月に期限を迎える、両国の保有核弾頭数に上限を設ける二国間協定「New Start」の延長を求めている。 ■米ロ関係は「下向き」 ■ロシア政府の声明によると、新型コロナとそれが石油市場に与える影響に焦点をあてて行われた3月30日の両大統領による電話会談は、「二国間のいくつかの問題点」についてのみ重点討議が行われたとしている。4月12日までの3日間で4回行われた電話会談では、「戦略的安全保障上の時事問題」が議題に上がっている。 ■米国家安全保障会議の前ロシア担当ディレクターだったアンドリュー・ワイスは、ロシア政府は、予定せずに、しかも何度も大統領との電話会談を行うことで「頭越しにドナルド・トランプと直接交渉する」ことができることを示したかったのだろう、と指摘している。 ■「本件で驚くべきことは、米露関係をより生産的な、より正常なものに見えるようにし、基本的には6年以上におよぶ分断と不振とを克服するために、トランプ大統領自身へのアクセスを利用できるロシアの能力そのものだ」と彼は指摘した。 ■「トランプ大統領はプーチン大統領を重要人物として扱い、石油問題を巡る緊密な連携を重視するために無理をしてきた。これは、彼が米国の同盟国に対していつも、米国から奪っているとか、米国に打撃を与えるためにパンデミックを利用しているとか、くどくどと同じ話を繰り返していることと極めて対照的なことだ」とワイス氏は語り、さらに、トランプ大統領はロシアと関係を保つために最大限の努力をしようとしているように見える、と付言した。 ■「トランプ大統領は、ロシアと一緒にやって行くことは割に合うと考えている」と彼はさらに付け加えた。 ■米国務省のスポークスマンは『FT』に対し、先週末の減産合意と「New Start」の延長問題との間には何の関係もない、と語った。さらに、トランプ政権は、特にロシア政府が「New Start」の延長問題に何の条件もつけないと約束していることを受けて、延長の可能性を審査している、と付け加えた。 ■国務省は、トランプ政権は米露関係を改善するためなら「対話のドアはいつも開いていることははっきりさせてきた」と語った。そして、米国はウクライナ、シリア、北朝鮮、軍縮および他の二国間問題について、ロシア政府との交渉チャンネルはいつも保持している、と述べた。 ■「大統領がこれまで何度も述べているように、我々はロシアとの好関係を求めている。だが、それはロシアが攻撃的な、あるいは不安定化させるような態度を止めた時にのみ達成が可能だろう」と国務省のスポークスマンは語った。 ■スポークスマンは、トランプ大統領はエネルギー市場を安定化させるために減産合意到達を手助けし、ロシア、サウジ、メキシコを含む主要国の首脳たちとの対話を続け、「この何週間か懸命に働いた」と語った。 ■「国家安全保障会議」は、本件に関するコメントおよび協調減産合意を達成するためにトランプ大統領がロシアに何かコミットしたのかということについて、何か言うことを控えた。 ■だが、アナリストたちは、両者が前に一時的に行った接触も、決して米露間に好関係をもたらすことはなかったと注意を促している。 ■「ロシア政府は、米露関係が好転することを望んでいる。もちろん、大統領会談やサミットを含め、これまでの両者の接触は、意味のある形でダイナミクスを変えるものではなかったことを補足する必要がある」と、ロシアの海外安全保障政策シンクタンク「PIRセンター」のアンドレイ・バクリツキーは指摘する。 ■「トランプ大統領がプーチン大統領に対して親近感を持っているのは間違いがない」と彼は付言した。「だが、トランプ政権内の支持はぬるま湯的なので……両国関係の自動巡回装置が示す軌道は下向きだ」と。

岩瀬昇

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