レイプとアシッド・アタックの被害から立ち上がった活動家、ケイティ・パイパー。
過酷な運命を、人を救う力に変えて。
「自分自身の経験や医学的な見地からも、重度の火傷を負った患者は昏睡状態に陥ることが多いそうです。ですから、筋肉の消耗による呼吸機能の低下を防ぐためにも、筋力をつける必要があります。私のように事件に巻き込まれた人、事故で火傷を負った人、なんらかの障害のある人は、身体のコントロールが思うように効かなくなってしまいます。そこで有効なのが、定期的な運動です。身体のコントロールが効けば、自ずと力が湧いてきます。力が湧くと、自信が生まれるものです」 そう自らの体験を冷静に分析する彼女は、事件からわずか1年後の’09年に「ケイティ・パイパー財団」を立ち上げた。財団では医師らとともに、火傷や事故でできてしまったあざや傷など外見に関わる傷の治療を提供するほか、寄付金を募るチャリティマラソンなどのイベントを開催している。 そんな彼女が特に力を入れているのが、メンタル面での細やかなケアだ。時には、彼女自身が寄り添い、相談相手になることもあるという。 「特に“見た目”に傷を負うと、精神面に大きな影響が出てきます。私もいつも事件直後から不安と鬱に苛まれてきました。この顔の傷は、私の人生を変えてしまった。決して一晩で治るものではありません。生涯付き合わなければならないものなんです」 しかしながら、どんなに患者がふさぎこんでいても、「前を向こう」「頑張って」という言葉や同情の念は絶対に向けないと彼女は言う。 「なぜかって? それは私が一番望まない言葉だからです。この財団は自分の名前を冠していますが、これは私ひとりのものではありません。その道の専門家やボランティア、そして患者さんも含めて、みんなでひとつのチームであるという意味が込められています。この財団を通じて治療を受けた人が、今度は他の患者に希望を与える立場になってくれたら、それほど嬉しいことはありません」
「生かされた意味」に目覚めた不屈の精神力。
事件以降現在に至るまで、1日23時間にも及ぶプラスチックマスクの着用による細菌感染防止対策の治療を行ってきたほか、300回を超える顔の再建手術を受けてきた。うち多数を執刀したのは、パキスタン出身の形成外科医、ムハンマド・ジャワド医師だ。実はパキスタンやインドなどでは、女性に振られた腹いせなどを理由に相手に酸をかける「アシッド・アタック」が頻発し、問題になっている。そのため、高度な再建技術を持つ外科医が多いのだという。 「手術を受けるため、パキスタンを何度も訪れました。そのたびに母は、いつも私に付き添ってくれました。入院中は父と母がずっと側にいてくれ、兄のポールと妹のスージーも、マスク治療中は細やかな気配りで私をケアしてくれました。献身的な家族の存在によって、私の傷ついた精神はどれほど癒やされたことか」 徐々に元の状態を取り戻しつつあるケイティは昨年、イギリス北西のマージーサイドにThe Katie Piper Foundation Burns and Rehabilitation Centre(ケイティ・パイパー財団熱傷治療リハビリセンター)を開設した。重度の火傷や傷を負った患者たちに治療とリハビリテーションプログラムを提供すると同時に、ケイティ自らが患者のメンターとなり、精力的に活動する。 自身のこれまでの治療を振り返り、退院直後はよく教会に通ったと話す彼女。祈っている間は、いつも心が穏やかになるのを感じたという。 「祈りは心の拠り所でした。入院治療中、私の精神状態はどん底でしたから。でも、心強い温かさと『大丈夫、そのうち全てうまく行く』という家族の声に励まされてきました。そのうち、私がこうして生かされていることには、何か意味があるのだと信じるようになったのです」 最新のテクノロジーをもってしても、SF映画のように時間を戻し、過去を消し去ることはできない。しかし彼女の生き様は、どんな悲劇や困難に遭おうとも、それを生きる力に変えることができるのだと教えてくれる。
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