武部聡志。日本で一番多くの歌い手と共演した音楽家が抱く「音楽への危機感と希望」
■日本の音楽が世界中で受け入れられるようになる ――本書では80年代から2020年代までの大勢の歌い手について論じられていますが、その間に音楽の聴き方がどんどん変わっていきました。音楽単体ではなく動画で見る人が増えたり、テレビを観る人が減ったりしていますが、武部さんはそういった変遷をどう見ていますか? 武部 僕は45年、音楽の仕事をやってきて、音楽を届けるメディアも変わったし、音楽を作るための技術的なことも変わってきて、そういうものの進化や発展には常に敏感でいなくてはいけないと思っています。だけど、やっぱり音楽そのものがぞんざいに扱われている状況に関しては、僕はすごく否定的だし、失礼だなと思うこともあります。 例えば映画を倍速で観たり、音楽でもイントロや間奏を飛ばして聴いたりするっていう話がありますよね。クリエイティブな人は、音楽だけじゃなく映画でも小説でも建築でも何でもそうですけど、それこそ命がけで作ってるわけで、それなのにそんな受け取り方をされてると聞くと、もう少し作り手の意図を汲んで、表現をきちんと受け止めてよって思いますね。 ――音楽をアルバム単位で聴くということも減りました。 武部 最近そういうことって減りましたよね。そもそもCDプレイヤーを持っている人も少ないし、家にテレビがない人も多いですよね。でも、だからと言って「最近の若者はろくにきちんと音楽を聴かないで」って片付けてしまうのも違うと思います。今はスマートフォンで音楽に触れることが主流なのは確実なことので、それでも届く音楽、刺さる音楽っていうのを僕たちは考えていかなきゃいけないし、受け取り手ももっと丁寧に聴いてほしいと思うわけです。 テレビ番組に関しては、要するに視聴者からしたらテレビ自体が面白くないんだと思います。それは音楽番組だけに限らず、どんな番組においてもリアリティがないから。昭和の頃の音楽番組はみんな生放送で、放送事故とか何が起こるか分からない怖さもありましたけど、その分すごくリアリティがあって面白かったですよね。 僕はテレビに関しては作り込まれたものよりもリアリティがあるもののほうが視聴者に届くと思うので、テレビが今後生き残っていくためには全部生放送にするしかないんじゃないかと思ってます。でも今はコンプライアンスの問題もあって言いたいことも言えないし、気にしなくちゃいけない細かいことも増えました。そういうこともテレビをつまらなくしている原因かもしれないと思います。いつかまた、昭和の生放送の音楽番組のような番組に携われたらいいなって思いますね。 ――最後に、今後の音楽界に期待することは何ですか? 武部 やっぱり、僕らの世代でなしえなかった、世界で評価される日本人アーティストがもっと増えることですね。坂本九さんの『上を向いて歩こう』以降、誰も全米チャート1位を取っていないのです。それも、日本語の歌詞で。アニメのテーマ曲が世界でヒットする例はありますけど、そこだけに留まらず、歌モノの音楽がそれ単体で世界的な評価を得るようになってほしいなと思いますし、今後どんどん生まれてくる可能性はあるんじゃないかと思います。 もしかしたらYOASOBIがそうなるかもしれないし、藤井風くんがなるかもしれない。そういう兆しは確実にありますよね。日本の音楽が日本語で、世界中で受け入れられるようになる。そういうアーティストが生まれていってほしいですね。そしてそういう期待を密かに抱いている歌い手たちをこの本でたくさん取り上げているので、ぜひ読んでいただきたいですね。 ***
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