武部聡志。日本で一番多くの歌い手と共演した音楽家が抱く「音楽への危機感と希望」
■ユーミンや一青窈を間近で見てきてリスナーに伝えたかったこと ――松任谷由実さんについては一番ページを割かれていますが、単純な歌い方だけではなく、ユーミンの人生と歌との関係や、コンサートとの関係、コード進行の変遷などと絡めて論じられているところが、武部さんならではの視点だと感じました。 武部 そうですね。やっぱりユーミンとは接してきた期間が長いので、さまざまな変化を近くで見てきました。でもユーミンは、例えば年齢とともにキーが変化していくことについても、すごくポジティブに受け止めてる人だと思います。だから、単に「荒井由実時代」「松任谷由実時代」と分けるだけでなく、いろんな時期ごとにいろんな変化があったことを書いてみたかったんです。 あと、これはすごく失礼な言い方かもしれないけど、ユーミンはボーカル力とか、ものすごく歌がうまいとかで評価されて売れた人ではないと思うんです。でも売れたのには複合的な理由があると思います。作家性の高さや曲の素晴らしさはもちろん、その届け方、コンサートの演出まで。自分の声を理解した上で、それが一番おいしく届くような曲を書いて、選んで、届ける。そういう歌い手がいつの世も一番強いんだっていうことを伝えたかったんですね。 ――ユーミンや拓郎さんとの印象的なエピソードも多数登場しますが、武部さんが編曲を手掛けられた一青窈さんの『ハナミズキ』についての話も非常に印象的でした。おそらく多くの人があの曲はラブソングだと認識していると思いますが、武部さんは本書の中で、「反戦歌」であると述べられています。 武部 もちろん歌はいろんな捉え方があるので、ある人は恋愛の歌として、ある人は親子の愛として、ある人は世界平和の歌として捉えてくださっていいと思ってるんですけど、送り手側としては「君と好きな人が 百年続きますように」という歌詞には、「みんながそういう思いを持ったら争いはなくなる」という意味を持って作った歌だということは伝えたかったんです。本人もコンサートのMCなどで話したことがありますけど、なかなか深いところまでは話せないですからね。 『ハナミズキ』はアメリカで同時多発テロが起こった際に、現地に住む彼女の友人とその恋人のことを思って書いた歌で、2人が乗れる箱舟が救いに来てほしいっていう気持ちが込められています。「水際まで来てほしい」という歌詞や、「どうぞゆきなさい お先にゆきなさい」と船に乗るのを譲り合う光景や、「果てない波が終わりますように」という歌詞も出てきます。 でもこの歌で歌われている思いは、戦争だけに限らず、いろんな関係において大事なことだと思っていて、だから広い意味ではラブソングになるんじゃないかと思いますね。
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