武部聡志。日本で一番多くの歌い手と共演した音楽家が抱く「音楽への危機感と希望」
――歌のうまい下手ではなく、そもそも「歌とは何か」という話ですね。 武部 そうです。だって歌って、メッセージや物語を伝える手段であって、それはうまい下手で決められるものはないんです。そういうすごく大切な表現方法を、最近はおろそかにされてる気がします。 例えば今はみなさん、音楽をスマホやパソコンで「ながら聞き」するじゃないですか。僕らの世代は新譜が出たら、歌詞カードを見ながら、ステレオの前に正座して聴くみたいなことをしてましたよね。今の時代、音楽という表現がすごくおざなりにされてるような気がして、そこに一石を投じたかった。 作り手や歌い手は、もっとこんな思いを込めて作ったり歌ったりしてるんだよ。歌い手たちはみんなが思ってる以上に、表現力が豊かで、個性的で、その人にしかできないことをやってるんだよ。そういうことを、本書を通じて知ってもらいたかったんですよね。 ――実際、今の音楽は以前と比べてつまらなくなったと思いますか? 武部 J-POPの中にいろんなジャンルの音楽が生まれてきたのはすごくいいことだと思います。ヒップホップもあれば、アコースティックなものもあれば、ロックもあって、ブラックミュージックに寄ったものもあって。今、いろんなアーティストがいろんなジャンルの音楽を自由に表現ができるようにはなってきたのはすごくいいことです。 その反面、やっぱり音楽が聞き流されてしまいがちになっていて、心に刺さるような音楽が減っている。それは作り手である我々の問題でもあると思います。だから、なるたけ刺さる音楽を作りたいし、そういうボーカリストがどんどん出てほしいと思っています。 ――そんな中で本書では、武部さんと関係性の深い松任谷由実や吉田拓郎さんはもちろんですが、近年登場した歌い手についても触れられています。例えばYOASOBIやAdo、藤井風といった若手のことも、彼らの歌声がなぜ我々の心を動かすのか、結構なページを割いて語っています。 武部 そうですね。本の中では、例えば藤井風くんとか、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴くん、Tani Yuukiくんのことも書きましたけど、他にもimaseくんとか、崎山蒼志くん、君島大空くんとか、気になる若手はたくさんいるんです。今回は自分との関係性が強い人にページを割いたので書ききれなかった人も多いんですけど、みなさんに敬意を持って見ています。 だってエンターテインメントの世界って、音楽だけじゃなくて、小説でも映画でも、変えていくのは若い人じゃないですか。自分たちが若い頃もそうだったけど、既存のものをどうやって壊していこうかとか、今までなかったものをどうやって生み出していこうかとか考えるのは若い人たちです。だから僕はそういう人たちがのびのびと音楽ができる環境を作るのが最後の仕事かなって思っていますね。
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