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「ヤバイっす」などの「ス体」は、ガテン系・体育会系の若者ことばだったのか―中村 桃子『新敬語「マジヤバイっす」: 社会言語学の視点から』武田 砂鉄による書評

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◆〈丁寧さ〉より〈軽さ〉が求められる時代のことば ことばは変化していくものだと考えているので、正しい使い方を作法として強要し、誤った使い方をする人に対して、強めの説教をぶつけていく様子が昔から苦手である。 「ことばは自然に変化するのではなく、社会のイデオロギーを反映して使われ、変化している」とする著者が探求したのは、「っす」。「面白いです」が「面白いっす」になるアレだ。「うっす」「そうっすね」「ヤバイっす」などの「ス体」は、ガテン系・体育会系の若者ことばと言われてきたが、果たしてそうなのか。 そもそも、「です」は丁寧に伝える敬語。では、「っす」には、敬う意味が残っているのか、それとも消えているのか。男子大学生の会話にある「っす」を分析すると、「親しい丁寧さ」が立ちあがる。親しいのに丁寧、「男性集団の階層性」があった。 かといって、新入社員が先輩に「了解っす」と言えば叱られる。正しい敬語があるとして、この「っす」の正しくなさはどこにあるのか。 auのCM「鬼、登場」に複数の「っす」が登場することに着目、この「社会的意味は、〈丁寧さ〉よりも〈軽さ〉」だとする。今や、「っす」は、「おつかれさまっす」のように、「です」を短縮しただけではなく、「です」を含まない「こんにちわっす」など、ただただ付加しただけの言葉にもなっている。 テレビで水森亜土が「そうすか?」と繰り返していた事例をあげながら、男性が使うことの多かった「っす」が、男らしさから離れ、「自分にしっくりくる〈新しい女性性〉を表現しているのではないだろうか」とする分析も興味深い。 ことばは社会に揉まれて変化していく。柔軟なものを人間がわざわざ制限しているのかも、なんてことを考えたっす。 [書き手] 武田 砂鉄 1982 年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年秋よりフリーライターに。 著書に『紋切型社会』(朝日出版社、2015年、第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』などがある。 [書籍情報]『新敬語「マジヤバイっす」: 社会言語学の視点から』 著者:中村 桃子 / 出版社:白澤社 / 発売日:2020年03月12日 / ISBN:4768479790 サンデー毎日 2020年5月3日増大号掲載

武田 砂鉄

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