みなみかわ、友人に打ち明けられた「あの光景忘れられへんねん」。“体力ゲージを0にする”ラストシーンが問うこと<映画『どうすればよかったか?』>
『どうすればよかったか?』は、ドキュメンタリー監督・藤野知明が統合失調症の症状を患った実姉と、その両親の姿を20年間にわたり記録した作品。 【画像】統合失調症の疑いがある姉を、閉じ込めた鎖と南京錠 優秀で医学部へ進学した8歳上の姉が突然、事実とは思えないことを叫びだした──。統合失調症の疑いをよそに、医師で研究者の父・母は精神科の受診から姉を遠ざける。それから18年後、映像制作を学んだ藤野は家族の様子を記録し始めた。しかし状況は悪化し、ついに両親は玄関に鎖と南京錠をかけて姉を閉じ込めるようになってしまう。 本作を通じ、大学時代に遭遇した“思わぬ事態”と、その出来事によるあまりに大きすぎる影響を想起した、みなみかわ。誰かのため自分が取った行動、もしくは取れなかった行動に、人はどのように向き合えばよいのだろうか? 注目の新作映画を熱血レビューする「シネマバカ一代」第7回。
あの日、5階の廊下で
自分が「人」に何かしてあげられただろうけど、何もできなかった。という経験は今までの人生でいくつかあった。できたこともあるだろうけどできなかったことのほうが圧倒的に多い。細かい「どうすればよかったか?」の連続。 たとえば大学時代こんなことがあった。 私は関西の大学の2部に通っていた。2部というのは簡単に言うと夜間学部のことで、18時から授業が始まる。多くの生徒は昼間働いていて、学費が格段に安かったり偏差値が1部より低かったり、それでいて卒業したら履歴書に「2部」と書かなくていいという裏技により2部を選ぶ人が少なからずいた。 夜に授業を受ける。イメージしていた楽しいキャンパスライフとは程遠いが、人見知りの私にとって好都合だった。授業を受けては帰る。そんな毎日のため、大学で話すような友達は3、4人しかいなかった。 そんな数少ない友達の中でS君という友達がいた。見た目はチャラい感じで隙あらばタバコを吸うS君は、かなりだらしなく、1年からかなり授業をサボっていた。 昼間はパチンコ屋でアルバイトしてて、たまに学校に来ればいかにバイト先が厳しくつらいかを私におもしろおかしく教えてくれた。何故かウマが合い仲よくなった。 1年の終わりの成績発表だったと思う。5階の教室を出た廊下で、単位がいくつ取れたかなど同級生が話しながらわいわいしていた。私とS君も同様に、廊下のベンチに座って成績表を眺めていた。 サボっていたS君は当然単位をほぼ取れてなかったが、あっけらかんとして、パチンコ屋で客にめちゃくちゃ怒られたエピソードを嬉々として私に話していた。 するとあまり見たことのない男子生徒が暗い顔で吹き抜けの手すりに向かっていく。私とS君は話しながら何気なくその様子を見ていた。 その男子生徒は何の躊躇もなく、その手すりを跨いで体を外に出したのだ。 「え? なになに?」 私とS君はその状況をすぐには飲み込めなかったが、とりあえずその生徒のほうへ向かった。彼が手すりを握り、宙ぶらりんになりながら泣いていた。この手を離せば5階から真っ逆さま。 S君は咄嗟に手をつかんだ。そのあと私も、もう一方の手をつかんだ。 「な……何してんの? どうしたん?」 いつもふざけてるS君が聞く。彼は真っ赤な顔で泣いたままで何も話さない。その状況にまわりもザワザワしていく。 とにかくふたりで力一杯、彼を引きずり上げた。地面に倒れ込む3人。私たちに注目していた周囲も、「なんだこいつら友達同士でふざけてたのか。」くらいに思ったのか、だんだんと離れていった。 彼をベンチに座らせ事情を聞くと、「成績が悪く、さらにいろいろなことが重なって人生が嫌になって、どうでもよくなった」と言った。そもそも、ここの大学に行きたくなかった、みたいなことまで吐露した。 正直な話、私は初対面の彼に「え? そんな理由で……?」と思ってしまったが、彼の深刻な顔を見て何も言わなかった。S君は神妙な顔で彼の話を聞いてあげていた。とりあえず彼を落ち着かせて、ありきたりな言葉で励まし、一緒に電車で帰った。 そしてそのまま春休みに突入した数日後、S君から電話があった。いつもの口調ではない。S君は泣いていた。 「南川、あの光景忘れられへんねん。俺が手を離したらあの子死んでた。このあと俺どうしたらいいかな?」 私はあのとき彼の自殺を止めることで精一杯だったし、自分ができることはここまでかなと思ってた。しかしS君は違った。その後も彼と話したりどこかにでかけたりしていてS君なりに彼を本当の意味で救おうとしていた。 S君はそれから全く大学に来なくなり、やがて完全に中退して就職した。私だって何も感じなかったわけではない。「あのときもっと何かしてあげられたはず」と「けど私が何をすればいいの?」のあいだを行き来して、時間だけが過ぎた。