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「セザンヌの絵、何がいいんだ?」という人にこそ見つけて欲しい“対比の妙”――ポール・セザンヌ『ロザリオを持つ老女』

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文春オンライン

 近代絵画の父と言われるセザンヌ作『ロザリオを持つ老女』は決して目立つ絵とは言えません。しかし、見るほどに知るほどに、じわじわと味わいが増す絵です。 【写真】この記事の写真を見る(3枚)  まず白い帽子が目立つ女性の頭部、次にその手元に目が行くでしょう。よく見ると、そこに数珠状のものが握りしめられていると気づき、そこで、「タイトルのロザリオはこれか」と納得する流れ。  この絵のモデルは、セザンヌの理解者であった美術批評家のジョワシャン・ガスケによると元修道女。修道院を抜け出してさまよっていたところ、セザンヌに使用人として雇われることになったそう。そんな人が、このように宗教用具であるロザリオをぐっと両手で掴んでいる姿は、見る人の心にさまざまな解釈を喚起します。  このような絵は「精神性が表現されている」と言われたりしますが、その「精神性」とは一体、具体的には絵のどのような要素から感じられるものなのでしょう?  やはり、この全体的に黒っぽい抑えた色調が、重々しさ、厳しさ、何か訳ありの様子を感じさせますね。白黒だと分かりませんが、カラーでも、白い帽子と顔、両袖から先の少し明るい部分、スカートの青いところ以外は全体的に何色ともいえない黒っぽい色。  一般に、明るく色数が多いと元気でポップな印象になり、このように色味を抑えたダークトーンは、抑制感や落ち着いた印象を与えます。この絵が漂わせる「精神性」は、第一に、この色調の効果によるものが大きいでしょう。

セザンヌの絵に見る「対比の妙」

 次に、造形的な特徴として「斜線の相互作用」があります。破線で示した斜線が三角形状、実線が逆三角形状の流れを、それぞれ強調しているのが分かるでしょうか。  上向きの流れは、老女の両肩、袖口、上着とスカートの境目が構成していて、下向きの流れは老女の顔の輪郭、アゴ下の二筋の白い線、寄せた両親指、手首の下線から成り立っています。これらの要になるのが、上下の流れがぶつかるロザリオを握りしめた拳の部分。顔の次に手元に目が行く理由は、この流れのコントロールにもあったのです。  セザンヌは、2つの相反する造形要素のせめぎ合いを描く傾向があります。その組み合わせは、縦線と横線だったり、補色同士だったり、無地と柄だったりしますが、ここでは上向きと下向きの流れ同士を拮抗させています。  この「向き」のせめぎ合いが、信仰心篤い画家セザンヌと信仰の場から逃げ出した老女の対比、そして老女自身の立場の複雑さを表しているように思えます。  正直に言うと、子供の頃の私ならこの一見地味な絵に全く興味を持たずに素通りしてしまったでしょう。そもそもセザンヌの絵について「何がいいんだ?」と疑問に思っていたくらい。しかし今では、セザンヌの絵の「対比の妙」を探し、その効果を考えることが楽しくなっています。そして、この絵にはまだまだ「対比」があるので、じっくり眺めて見つけてください。

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