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「選ばない」採用 テレワーク時代の人材登用術

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日経BizGate

 「会社の将来像を熱く語れる人材がほしい」。「集団面接で周囲の共感を得られるような発言をする人を採る」。「待遇に関心が強い学生はいらない」。「うちの会社のカラーと違う学生も数人は採っておきたい」。

組織の論理から脱却できない採用担当者

 採用担当者の口から、今年もまたこのような声が聞こえてくる。応募者のなかからどんな人材を採るか、新卒者の採用は彼らにとって眼力の見せどころだ。しかしいっぽうでは、はたして選ぶ側にそれだけのフリーハンドを与えてよいものかと考えてしまう。ときには選別基準があまりにも恣意的で、選んでもらわなければならない学生の弱みにつけ込んでいるかのような印象を受けることもある。  さらに問題なのは、こうした「採用基準」、というより採用のスタンスそのものが世の中の動向と乖離(かいり)しているのではないかということだ。  コロナ禍の影響で、日本企業の共同体的な体質は見直しを迫られている。テレワークで社員が外部とより自由につながるようになり、政府も副業を後押しするようになった。そして人事評価では勤務態度やがんばる姿勢より、仕事の成果や貢献度を重視せざるをえなくなっている。つまりいや応なしに組織の論理が、仕事の論理や市場の論理に取って代わられようとしているのだ。

「相馬より賽馬」という中国企業

 2000年ごろ、急成長している中国企業を訪ねて回ったときのことを思い出す。ハイアール、ギャランツという中国を代表する企業が、まったく同じ人事のポリシーを掲げていた。中国の漢詩に「伯楽相馬」という言葉がある。よい馬を見分ける目利きから転じて、優れた経営者は人材を見抜いて登用するという意味だ。異論を唱える余地はないように思える。  ところがハイアールもギャランツもそれを真っ向から否定し、自社のポリシーは「相馬より賽馬(さいま)」だという。「賽馬」とは競馬のことである。すなわち、あらかじめ人の目で評価すると間違いを犯すことがあるので、競馬のように「よーい、ドン」で走らせる。それと同じように同じ条件で仕事をさせ、優れた業績をあげた者が優秀だと事後的に評価すればよいというわけだ。ちなみに、このような考え方はかつて改革開放を唱えた中国の最高指導者、トン・シャオピンが好んで用いた「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕る猫がよい猫だ」という諺(ことわざ)に通じる。  ハイアールでは市場メカニズムを組織のなかにも浸透させる「市場鏈」(マーケット・チェーン)という考え方が徹底されている。営業やデザインの部門では仕事に対する市場の反応によって給与や賞与が決まり、研究開発部門では開発した製品がヒットすると純利益の一定割合が部門長とメンバーに配分される仕組みが取り入れられていた。  当時、中国の外では過激すぎる考え方のように受け止める人も多かったが、中国人労働者には合理的なシステムとしておおむね好評だったようである。  組織の論理に基づく選別に対し、市場や社会への適応を重視する考え方を私は「適応主義」と呼んでいる(拙著『選別主義を超えて』中公新書、2003年)。世界的にみると近年、報酬だけでなく社員の採用も適応主義の方向にシフトしてきているようだ。

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