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古代ギリシャのタナグラ人形、19世紀に人気殺到、盗掘が横行

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ナショナル ジオグラフィック日本版

大量に出土した古代の副葬品、文献に残らなかった古代ギリシャの女性や子供たちの日常を伝える

 1860年代、ギリシャ、アテネの北にある町で、農民たちが古代の墓を掘り起こしたところ、優美な逸品が出土した。魅力的な、焼き物の女性像だ。高さ10~20センチほどの小さな像は、最終的に数百体が発掘された。 ギャラリー:19世紀の欧州で流行、古代ギリシャのタナグラ人形 写真9点  農民たちは、発掘した像を片っ端から売った。この驚くべき発見は瞬く間に広まり、古代ギリシャの都市国家タナグラがあったこの地域には盗掘者たちが殺到した。推定で8000以上の墓が掘り起こされたという。  タナグラの盗掘は公然の秘密となっていたが、その後、ギリシャ当局が介入を決意。1874年、考古学者パナイオティス・スタマタキスによる監督の下、最初の公式な発掘が行われた。しかし、この試みは不十分だった。精密で入念な調査が行われるようになったのは1970年代に入ってからだ。最初の像が発見されてから100年以上が経過していた。

ヨーロッパで大人気

 盗掘が横行した19世紀後半、タナグラ人形はヨーロッパで大変な人気を博した。主に女性をかたどった像が、当時の女性の理想と一致していたためだ。その優雅さや慎ましさ、衣服やヘアスタイルなどの装飾性は、古代ギリシャの神、政治家、兵士などを模した男性像の飾り気のない雰囲気とは対照的だった。  ギリシャ政府が考古学者を送り込んでも、タナグラの墓荒らしは収まらなかった。タナグラ人形の需要はとどまるところを知らず、墓地の盗掘は増加の一途をたどった。遺物の市場には、偽物の像も紛れ込むようになった。粗雑な模造品もあったが、精巧に偽造され、本物と見分けるのが難しいものもあった。地元の村人たちは、本物であれ偽物であれ、法外な値段でタナグラ人形を売るようになった。  こうした偽物の多くが長年にわたって専門家の目を欺き、一部の偽物は有名な美術館や博物館の収蔵品にまでなった。ドイツの美術館では、最近、熱ルミネッセンス法による年代測定が行われ、実に2割の像が偽物と判明した。

ポーズや装飾はさまざま

 タナグラ人形の繊細さを見れば、古代ギリシャの人々が粘土による像の製作に長けていたことがよくわかる。像の体は2つのパーツに分かれた型で成形され、そこに頭と腕(こちらも型で成形)が付けられる。大まかな形ができたら、注文に応じてそれぞれにポーズを変えたり、冠や花の帽子などの装飾を加えたりした。  窯に入れる前に、水と粘土を混ぜた白い泥漿(でいしょう)を塗り、焼き上がった後、水性顔料で着色する。タナグラ人形は、自然な柔らかい色合いを基調としている。鮮やかな青や金箔が使われることもあるが、当時はどちらも非常に高価だったため、使われたのはごく少量だった。こうした像は、紀元前4世紀に地中海沿岸で人気を博し、コリントス、マケドニア、アナトリア、イタリア南部、北アフリカ、さらには、クウェートでも見つかっている。

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