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Bリーグ初代チェアマン大河氏退任「五輪出場決め、売上高300億円に達成感」 大学副学長に転身

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京都新聞

 Bリーグ初代チェアマンの大河正明氏(62)=洛星高-京大出、京都市西京区出身=が、7月1日からびわこ成蹊スポーツ大副学長に就いた。東京都内で京都新聞社のインタビューに応じた大河氏は、プロ野球、Jリーグに続く「第3の国内プロスポーツ」の礎を築いた5年間を振り返り、今後について語った。  「スポーツ界はトップにしがみついている人が多い。それがガバナンスの問題にもつながっている。僕が育った銀行や一般企業は2期4年とか3期6年でバトンタッチして、新しい人のアイデアで組織を膨らませていく。後任は第三者に推薦してもらった。リーグとして2020年から26年までの構想をつくったが、これから6年間あるので新しい人に引き継いだ方がいい」  -未練はないか。  「いっぱいありますよ。(就任して)この5年3カ月の間は、24時間365日バスケのことを考え、もっとこうしたいと思うことは当然わいてくるけど、達成感は一方である」  -達成感とは。  「チェアマンを引き受けた時に目標を三つ掲げた。20年までに五輪に出場できるアジアの強豪国にする。バスケット界全体で300億円の売上を達成して年俸1億円プレーヤーを出す。年間の入場者数を300万人にまで倍増させる。五輪出場を決め、売上300億円は2年前倒しで達成できた。1億円プレーヤーも。集客も新型コロナがなければ300万人はほぼ射程圏内だった。やり残したのはアリーナ整備だが、これはクラブや行政の人もやっていくこと」  -Bリーグ設立の原動力になったのは川淵三郎さん。存在感あるカリスマの後を継いで大変だったのでは。  「川淵さんは(既存のものを)破壊して突破していく力がある。同じ力は持てないけど、地に足の付いた組織をつくりリーグの経営基盤をしっかりしたものにするスキル、情熱は自分にしかないと思っていた。Jリーグ(常務理事)の時もクラブライセンス制度を導入し、競技運営やガバナンスのノウハウを学んでいた」  -Bリーグは日本のプロスポーツに新しい風を吹き込んだ。  「お茶の間の娯楽になった『昭和のプロ野球』。地域と向き合うことの大切さを教えてくれた『平成のJリーグ』。僕らはエンターテインメントとテクノロジーを使った『令和のBリーグ』。全く違う意見を持っている若手の考えを許容することを意識してきた」  -大学で何を伝える。  「スポーツの価値を高めたいという思いは変わらない。親会社が広告宣伝費の代わりに球団に資金を出して勝った、負けたと言っているだけがプロスポーツではない。する、みる、支えるといった全体の要素が文化だと思う。ガバナンスやスポーツビジネスについて学生を指導したい」  -同じ学校法人が新設し、「スポーツによる新たな価値共創」を掲げる大阪成蹊大スポーツイノベーション研究所の所長にも就く。  「スポーツが持つ意義を調査研究し、支えたり引っ張ったりしていけたら。スポーツとSDGs(持続可能な開発目標)、スポーツと健康、部活動や体育の授業の在り方…。人脈を生かし、JリーグやBリーグ、クラブとタイアップして政策提言などもしたい」 <こぼれ話> Jから“移籍” おしゃれに変身  大河さんと初めて出会ったのは、7、8年前だ。Jリーグ幹部と関西のJクラブ担当記者の懇談会が大阪であり、Jリーグの常務理事だった大河さんから「京都出身なんです」とあいさつされた。元銀行マンらしくまじめでお堅い風体だった。  川淵三郎さんに請われてバスケ界に「移籍」した。若年層を意識したスタイリッシュなBリーグのトップになってめがねがおしゃれな黒縁に変わり、髪型も服装もちょっとモダンになって驚いた。ある部分、象徴的に演じる必要もあったろう。  「大学を出てから39年3カ月ぶりに京都に戻ります」。インタビューを終え、身の上話になると、相好を崩した。東京の自宅を離れ、桂にある実家から滋賀や大阪の職場に通うという。少しばかり肩の荷を下ろして京滋のスポーツ界に力を貸してくれたらうれしい。

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