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生きる、暮らすとはどういうことか。その問いを心の中で耕した結果として発芽した「結婚」―能町 みね子『結婚の奴』武田 砂鉄による書評

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◆世間も自分も疑ってみたら 誰それが結婚した、との吉報には、「ようやく」とか「もらわれた」とか、結婚の意味や価値を他者が規定する余計な一言が引っ付きがち。喝采の隙間から本音がこぼれ出し、査定が始まる。結婚しない、という明確な意思を持っている人までもが、「未婚」と言われ続ける。とにかく「婚」がつきまとうのだ。 「男性から女性への性転換者」である著者が、三〇代後半になり、「結婚について考えるブーム」が起き、「自称フケ・デブ専の、心は小松菜奈だと言い張るゲイのおじさん」と恋愛関係のない結婚を決断、二人で暮らし始めた日々を綴(つづ)る一冊。その一行目は「夫(仮)の持ち家についに引っ越した日の夜中、私は水状のウンコを漏らした」と始まる。一人暮らしに飽きたから結婚してみるのはどうか、という不純な動機が、愉快に、猛スピードで具体化していく。 今、「不純な動機」と書いた。では、結婚する「純な動機」って何なのか。それは世間から要請されたものではないのか。 著者は、小学生の頃から、世の中に恋愛ソングが溢(あふ)れていることに疑問を持ち、誰にでも恋愛を勧めてくる風潮に強い違和感を持っていた。世間の常識を疑いながら、同時に、そういう常識に染まれない自分の価値観にも疑問を覚えてきた。世間と自分の双方を疑う、というしんどさと向き合ったところ、「結婚」という選択が浮上したのだ。 同居生活が始まって一週間。帰宅し、家の様子が少し変わっているのを見て、思わず漏らす。「なんてこった。これが生活なのだ」。それでも、「本物の『当然』や『常識』に、私はどうやっても一生手が届くことはない」との考えは残り続ける。 いろんな結婚の形がある、との声の奥には、まだまだ「普通の結婚」が用意されている。そういう結婚もいいよね、という寛容さって傲慢(ごうまん)だ。そうではない。生きる、暮らすとはどういうことか。その問いを心の中で耕した結果として発芽した「結婚」が、たくましくて素敵だ。 [書き手] 武田 砂鉄 1982 年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年秋よりフリーライターに。 著書に『紋切型社会』(朝日出版社、2015年、第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』などがある。 [書籍情報]『結婚の奴』 著者:能町 みね子 / 出版社:平凡社 / 発売日:2019年12月23日 / ISBN:4582838219 朝日新聞 2020年3月14日掲載

武田 砂鉄

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