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“テラハ史上No.1天使”田中優衣さんが明かす「誹謗中傷の嵐の中にいた地獄の日々」

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文春オンライン

「ホームで電車を待つときは後ろに気をつけろよ」

――田中さんは前シリーズで、常に批判の矢面に立っていた印象があります。

田中 出演する前からある程度、否定的なコメントや批判は来るだろうなと想像していたんです。たとえ台本や演出がなくても、視聴者は実際に会ったことも話したこともない人の、ある一部分だけを見たら、そりゃその人を正しく理解できないこともあると思うので。だからこそ、受け止める心の準備はしていたつもりでした。 「デブ」「死ね」「キモい」はSNSを更新するたびに必ず送られてきました。さらに放送を追うごとに批判コメントは過激さを増していって、「アルバイト先までぶっ殺しに行ってくるわ」とか「ホームで電車を待つときは後ろに気をつけろよ」というようなコメントまで送られてくるようになりました。それが毎日100件以上。受け止めるとかそういう問題じゃなくなってしまった。

「ブライダル業界を諦める」という決断と、家族との不和

――出演時は大学4年生。就職活動をされていましたよね。最初は「ブライダル業界」を志望されていましたが、誹謗中傷コメントを受けて「ブライダル業界を諦める」という決断をします。 田中 とにかく「人のために何かしたい」「人の幸せを見守りたい」と思って、小さい頃からブライダル業界を志望していました。でも諦める決断は全く悩んでないんです。いつものように否定的なコメントが来ていて、その中に「田中優衣がいるところでは結婚式を挙げたくない」って書き込まれたのを見て「あ、だめだな」って。  なかには「内定してもクビにしてもらうまで連絡し続けるから」というコメントもあって会社に迷惑がかかるのはもちろんですけど、これ以上、知らない人からのコメントに脅え続けて生活するのも限界でした。それと、母との関係も悪くなって……。 ――え、お母さんと? 田中 誹謗中傷コメントのなかには家族に対する脅迫めいたものもありました。どんどんコメントが悪化していくので母も相当心配していたと思うんです。だからこそ余計厳しい言葉になってしまって、「弟たちになにかあったらどうするの?」とか、あまりに私のマイナスなイメージが世間に広がってしまって「私の知ってる娘じゃない!」と、喧嘩になったこともありました。地元が舞台だったので結構近所の人が見ていて、家族が生活しづらくなったと感じることも多かったみたいです。

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