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絵画の世界を描く『ブルーピリオド』はなぜ説得力がある? 「才能」というブラックボックスを開く漫画表現

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リアルサウンド

 成績優秀で世渡り上手な高校生・矢口八虎。なんでもそつなくこなし、誰とでもうまく接することができるけれど、心から打ち込めるものはない。そんな八虎が、授業で描いた「青い渋谷」の絵を褒められたことをきっかけに、絵を描く喜びに目覚める。そして、日本一受験倍率の高い大学・東京藝術大学を目指す――それが『ブルーピリオド』の物語だ。 『ブルーピリオド』3巻。カバーに描かれているのが、天才と目される高橋世田介。  このあらすじを聞いて、意地の悪い人は思うかもしれない。「それってご都合主義な話じゃないの?」と。フィクションの世界のすべては、作者の掌の上だ。生きるも死ぬも作者の匙加減ひとつ。しかもこの作品は、絵を駆使する「漫画」で「絵画」を表現しようとしている。「その方法で本当に上手くなるの?」「この絵で本当に藝大に受かるの?」そんな問いを跳ねのけて読者を呑み込んでいく、『ブルーピリオド』の説得力の理由を解明していきたい。 ■絵画の「よくわからない謎」を切り開いていく 俺はピカソの絵の良さがわかんないから それが一番すごいとされる美術のことはよくわかんない  1話冒頭の八虎のモノローグだ。確かに、本格的に学んだことのない人間からすると、美術の良し悪しの基準は謎だ。「名画」と呼ばれる作品のどこがどういいのか、どうしたら「いい作品」が描けるのか、わからなくてとっつきづらい。  主人公・八虎は絵に関して完全に素人だ。最初は「奥のものを小さく描く」遠近法を知らず、箱を立体的に描く方法を教わって感動するレベル。『ブルーピリオド』は、そんな八虎の目線に立って、「よくわからない謎」を切り開いていく。  例えば、ピカソのよさがわからないと白状した八虎に、予備校の友人は「自分もピカソの絵はそこまで好きじゃない」とあっけらかんと答える。「好き嫌いがあるのは当たり前」「芸術は正しいかどうかより、自分がどう感じたか」。  それを聞いた八虎は、芸術を「正しく理解しなければ」と決めつけていたことに気づく。そこから「よくわかんない」で止まっていた思考が動き出し、自分の感性で絵を見るようになる。  実際の学生の絵を使っているのも、『ブルーピリオド』の大きな特徴だ。キャラクターごと、デッサンや油絵など手法ごとに担当を分けることで、絵の個性や八虎の成長がリアルに伝わるし、言葉だけでは理解しにくいテクニックも、絵と合わせることによって強い説得力を持つ。 絵を描くことって選ばれた人間だけが使える魔法みたいなもんだ”と思っていたけれど、技術や知識を身につけることで、そこにたくさんの理屈が詰まっていることに気づく。  「わからない」ものが「わかるかもしれない」ものになる。「魔法」が「理屈」に変わる。それは、「才能」というブラックボックスの蓋が少しだけ開く瞬間だ。 ■「上手さ」と「良さ」は違う  けれど、美術のことがわかり始めた八虎は、すぐに次の壁にぶち当たる。それは、「『上手さ』とは作品の『良さ』ではない」ということだ。  予備校で開催されたコンクールで、予想外にいい順位を取った八虎。けれど、自分より圧倒的に上手い高橋世田介は、なぜか自分より下にいる。1位を取った藝大一家のサラブレッド・桑名マキは「1位になった人は受からない」というジンクスで涙を浮かべる。そんな様子を目にして、八虎は途方に暮れる。 上手な人が受からない藝大受験ってなんだ?  ここで生きてくるのが、八虎の「要領のいい奴」というキャラクター。明確なゴールがあれば、八虎は効率のいいルートを見つけて進むことができる。勉強や人当たりの良さなど、わかりやすい基準が生きる場所で、世渡り上手にやってきた。それが、正解のない芸術の世界に放り込まれて、初めて立ちすくむことになる。八虎の「世渡り上手」は、ゴールのないこの世界では逆に枷になるのだ。  『ブルーピリオド』の作者・山口つばさは、自身も東京藝大の出身者だ。「マンガ大賞2020」大賞を受賞した際のインタビューで、山口は「絵は才能ありきと思われることが多いが、理詰めで戦略を立てる人もいる。その部分を押したかった」と語っている。(参照:コミックナタリー/マンガ大賞の授賞式にカエルの被り物で山口つばさ登場「まさか自分が登壇できるとは」)  世田介から“美術じゃなくてもよかったクセに”と投げつけられて、八虎が泣くシーンがある。八虎は秀才だが、天才ではない。自分でもそれがわかっている。だからこそ、世田介の言葉が刺さったし、泣くほど悔しかった。 俺の絵で全員殺す そのためならなんでもする  涙を浮かべ、マグマのような感情をほとばしらせながら、八虎はキャンバスに向かう。その表情も、感情も、言葉も、きっと自ら体感した者からしか出てこない。この見開きは圧巻だ。 ■「天才」はトライ&エラーを繰り返し続けた先に  八虎の前には絶え間なく壁が現れる。壁を越えるためには、考え抜いて、ひたすら手を動かすしかない。そうやって答えを掴んだと思ったら、すぐに覆されてまた新たな壁に直面する。「正解」も「最短ルート」もないことを、何度も何度も何度も思い知らされる。  けれどそれはもしかしたら、凡才も天才も同じかもしれない。八虎からは才能があると見られている世田介もマキも、生々しく苦しんでいる。  この世に「才能」というもの自体は存在するのだろう。けれど、「才能だけの天才」というものは、たぶんいない。きっと、トライ&エラーを繰り返し続けた先に「天才」と呼ばれる人がいる。秀才の八虎だって、誰かから見れば天才かもしれないのだ。  日本一受験倍率の高い大学。天才たちの集う場所。正解のない「芸術」。「よくわからないもの」に思われるその世界を、『ブルーピリオド』は鮮やかに切り出して、もしかしたらそう遠い場所ではないのかもしれないと思わせてくれるのだ。

満島エリオ

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