渡辺恒雄氏、スポーツ界発展や活字文化振興に尽力…「出版文化守る」と中央公論社支援も
19日死去した読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡辺恒雄氏は、新聞界を牽引(けんいん)する傍ら、スポーツ界の発展にも情熱を注いだ。活字離れを危惧し、活字文化の振興にも力を入れてきた。各界の関係者からは、その功績をしのび、別れを悼む声が相次いだ。
FA・ドラフト改革を主導
渡辺氏は1996年から約8年間、読売巨人軍のオーナーを務めるなど、プロ野球界の発展に尽力した。フリーエージェント(FA)制度の導入やドラフト改革などで主導的な役割を果たし、選手が自由に移籍先を決められる道を開いた。球界再編など激動の中、時に批判を受けながらも野球界の繁栄のために心を砕いた。
2011年の球界参入決定前に対面した横浜DeNAベイスターズの南場智子オーナー(62)は「野球にとどまらない様々な話題に会話が広がり、最初は緊張でコチコチだった私も、お部屋を出る時には主筆にすっかり魅了されていた」と述懐。「これまでの全てに心から感謝申し上げます」と追悼した。
選手、監督として渡辺氏の熱意に触れた巨人の原辰徳・前監督(66)は「人生においても強い影響を与えていただいた恩師でした。野球界のため、日本のため、世界のためにご尽力いただき、本当にありがとうございました」と惜しんだ。
大相撲やサッカーなどスポーツ界の活性化にも意欲的だった。1991年7月から2005年1月まで大相撲の横綱審議委員会の委員を務め、01年1月から2年間は同委員長として貢献した。日本相撲協会の八角理事長(61)(元横綱北勝海)は談話で、読売新聞社が雑誌「大相撲」を発行していたことに触れ、「相撲文化の振興に努められました。ご生前のご厚情に深く感謝するとともに謹んでご冥福(めいふく)をお祈り申し上げます」と悼んだ。
出版業界と「活字文化推進会議」発足
渡辺氏は本や新聞など、活字文化の振興にも力を注いだ。読売新聞社長時代の1999年には、中央公論社を支援して「中央公論新社」を設立。渡辺氏は当時、「歴史と伝統のある出版社の灯が経営上の理由で消えるようなことになれば、出版文化に与える損失ははかり知れない。言論界の一員として看過できず、出版文化を守り発展させていくために支援を決断した」と述べていた。