「60歳以上の人に部屋を貸さない」という日本社会の怖い現実
「60歳以上の人に部屋を貸さない」という現実
一瞬、頭が真っ白になった。なぜ? 20万も30万もする部屋を借りるならわかるが、9万円の部屋を借りるのになぜ、貸してもらえないのか。マンションを売却するので現金はある。それに多少の収入もある。本も70冊以上書いてきた実績もある。身元保証人もたてた。それなのになぜ? なぜ? 断られた理由は意外にもわたしの年齢だった。大家さんとしては、若い会社員のお嬢さんに貸したかったようだ。そこで、わたしは、生まれてはじめて「60歳以上の人に部屋を貸さない」という日本社会の現実に直面したのだ。 高齢者に部屋を貸さない慣習に対して問題意識を持つわたしは、そのことに関して『老後ひとりぼっち』(SB新書)という本にまでしたというのに。自分がその当事者になるとは、夢にも思わなかったことだ。 年齢で断られたことが、わたしを完全に打ちのめした。本人の了解なく「高齢者」の枠に入れられ、社会からはじかれた気がした。日本は、こうして高齢者を弱者にしていくのか。これは基本的人権の問題ではないか。 わたしが頭にきていると、売却してくれた不動産屋の人から、「次を探すのは落ち着いてからにすればどうですか。実家も近いし、一時的に住まわせてもらえばいいじゃないですか」と提案された。 「きっとお母さんも、喜ぶと思いますよ。いくら元気がよくても、年だからね。心細いはずですよ」 「…う~ん、そうかな」と疑問も感じたが、行き場がなかったので間借りをすることにしたというわけである。 母と一緒に暮らすのは、子供のころを除いてほとんどないので、正直不安だった。外で会っているときは、とてもいい母なのだが、家ではどうなのか。それに、母もひとり暮らしに慣れてきている。しかし、あれこれ悩んでいる時間はなかった。とにかく、引っ越してからゆっくり考えよう。 目黒から埼玉の母の家に引っ越したことを知ると、誰もがびっくりしてこう聞いてきた。 「お母さんの介護で?」 「いいえ、母はピンピンです。ハエたたきで落としたいくらいピンピンです」 そう正直に答えると、誰もが目を白黒させながらも大笑いした。 松原 惇子 作家 NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク 代表理事
松原 惇子