【文字に魂がこもる】サインライティングの魅力 クラシックカーで密かな人気
不完全だからこそ完璧になる
text:John Evans(ジョン・エバンス) translator:Takuya Hayashi(林 汰久也) 【写真】VWタイプ2、ビートル【サインライティングが似合いそうなクラシックカー】 (103枚) 筆を手にして、どれだけ楽しいことができるだろうか?サインライターであり、ホットロッドのオーナーであり、熱烈なジム・クラークファンでもあるテリー・スミスは、自分の工房でクルマにサインを描くとき、満面の笑みを浮かべている。 彼はロータス49のハンドルを握るジム・クラークのように、「O」のカーブを滑るように描き分けていく。まるで印刷機のように正確な筆さばきだが、完全というわけではない。 「不完全な部分があるからこそ、完璧なものになるんです」と彼は言う。 「サインで書かれた名前やロゴ、デザインには魂がこもります」 67歳のスミスの仕事は、数十年前であれば街中でも当たり前に見られるものだった。今では、愛情を込めて描かれた文字、芸術的なデザイン、色彩豊かなエナメルを見るためには、クラシックカーの展示会に行かなければならない。 「1980年代後半までは、わたしを含め多くの人たちが商用車のサインを書くのに忙しかったのですが、リースの成長により、人々がビニールに目を向けるようになったため、それも終わってしまいました」 彼がビニールによるラッピングを軽蔑しているのは明らかである。「無駄遣いであり、環境にダメージを与える」ということだが、同時にそれが、伝統的なサインライティングを支持し、その存続のために働く意欲を駆り立てているのも間違いない。 彼は英ブライトンで初心者向けのコースを開催しており、その人気は非常に高い。どうやら、サインライティングは米国、特にホットロッドやクラシックカーのコミュニティで、高く評価されているようだ。
一筆ごとに息を止める
AUTOCAR編集部は、チチェスター近郊にある幹線道路沿いの交通警察署を改装した、スミスの自宅へ訪問した。パステルカラーの素敵な食器棚や古いティーセットなどを彷彿とさせる、1950年代のデザインの宝庫だ。 屋外には、かつてパトカーが保管されていた3つのガレージがあるが、現在はスミスのスタジオ、ガレージ(彼のトレードマークである淡いブルーのフォードソンのバンが保管されている)、ショップになっており、レストアされたクルマを販売している。 作品の中には彼のもう一台の愛車、T型フォードのホットロッドもある。目を引くのは、ラジエーターから噴き出すように描かれた炎だ。 「これはリエントリー・スカラップと呼ばれるもので、米国で生まれたデザインで、ホットロダーの間で流行しています」 ウェストサセックス州ホーシャムの看板屋で仕事を覚えたスミスは、満足のいく草書体を身に着けるまでに5年かかったという。伝統的な仕事が失われ始めたころ、彼は列車やビンテージカー、トラックのオーナーからの依頼に焦点を当てた。 思い出深い仕事の1つは、1972年にル・マンに参戦したポルシェ911のレストアモデルにサインを入れることだったという。 一般的に、作業は2~3日かかる。彼が使うのはセーブルブラシで、従来の筆とは異なり、先端はノミのようにまっすぐにカットされている。 腕を支え、安定させるためにはマールスティック(腕鎮)を使用する。絵具は特殊なエナメル塗料で、ニスを塗る必要がないほど耐久性がある。 彼は「リフト&ツイスト」と呼ばれる技法を使って、「T」のような文字の端を魚の尾の形に描いていく。 「一筆ごとに息を止めています。ピンストライプやディテールを描くとき、ほとんど時間が止まっているように感じます」