「殺してやる!」とすごむDV夫とはち合わせも…「夜逃げ屋」がDV被害者を「1秒でも早く」逃がす理由
■「夜逃げ」は加害者が不在にする日中 依頼者はネットで検索して宮野さんの働く夜逃げ屋を見つけ、電話やメールで相談してくる。 「最近では僕の漫画を読んで連絡してくださる方が、1割くらいはいます」(宮野さん) 引っ越し先は依頼者が指定してきたり、社長が人脈を使って手配したりとさまざまだ。大家が協力的で、アパートの居住者がみんな夜逃げの依頼者という物件もあるという。 「夜逃げ」というが、仕事はもっぱら加害者が家を不在にする日中だ。社長が依頼者と綿密に打ち合わせ、計画を練る。 最大のミッションは「1秒でも早く搬出を終える」こと。スタッフの誰一人、手が空いている状態は許されない。ただの引っ越しとは違う。不測の事態とは隣り合わせだ。 荷物の量が打ち合わせより多く、トラックを往復させる必要があり、想定より時間がかかってしまうこともある。 ■DV夫が「殺してやる!」とすごむ 最悪のケースもある。 「10回に1回くらいは、加害者が帰ってきてしまうんです。一番避けたいことですが、起きてしまうんです」(同) 作業に当たるスタッフの1人は、その事態に備え、必ず依頼者のそばで梱包を行うのがルール。加害者が帰ってきたら依頼者を車に乗せて連れ出したり、警察を呼んだりすることもある。 それでも、目を血走らせたDV夫が、「殺してやる!」とすごんできたり、依頼者の持ち物や下着にいたるまでを「共有財産だから持っていくな!」とごね続けたりすることもある。 「加害者と遭遇した瞬間は、『死ぬかも』といつも思います」(同) そんな危険と隣り合わせだから、依頼者も荷物の搬出作業中は神経が張り詰めていて、言葉が乱暴になったりする。
「社長からも『よく観察して』と言われたのですが、引っ越し先に到着して荷物を運び込む作業をするときには、依頼者はすごく安心した表情になって、物腰も柔らかくなるんです」(同) ■なぜそんな相手を選んだのか これまでに100件以上の現場を経験した。 顔に、夫に刃物で切られた生々しい傷がある女性。骨折するまでの暴力を受け続けた女性。依頼者はみんな、心身ともにボロボロになった状態でやってくる。 なぜ、そんな相手を選んだのか。なぜ、逃げずにそこまで耐えてしまったのか。何かできることがあったのではないか――。 宮野さん自身、夜逃げの仕事をする前はある種の“自己責任論”の側だった。 「なんで気付かないのかなって。普通わかるよねって思っていました」 宮野さんはそう前置きして、きっぱりと言った。 「でも、今はまったくそうは思いません」 なぜ、考え方ががらりと変わったのか。その理由には、多くの夜逃げに関わる中で見えてきた、被害者と加害者の独特の実態があった。 (ライター・國府田英之) ※後編へ続く
國府田英之