梨園の妻の“不倫”――あなたはどう感じる? 林真理子が書かずにはいられなかった、奇跡のような二人の愛のカタチ
書かずにはいられなかった“奇跡のような二人の愛”
歌舞伎役者を夫にもつ“梨園の妻”といわれてイメージするのは、着物での凛とした立ち居姿が様になる、気品を漂わせた女性。そして、夫の女遊びは芸の肥やしとわりきって、伝統と血筋を守るために陰日向なく支えているというイメージも強い。林真理子さんの小説『奇跡』(講談社)は、そんな“梨園の妻の不倫”がテーマ。しかも完全なフィクションではなく、実際に起きた出来事をベースに描かれたと聞けば、好奇心を刺激されずにはいられない。 林真理子「身近に少しは嫌な人がいないと退屈でしょ。嫌な人は人生のスパイス」仕事を長く続けるためのアドバイスとは? 〈世の中には「恋の貴族」という人たちがいて、絢爛たる世界を垣間見せてくれるのだ。田原桂一・博子夫妻はまさしく貴族中の貴族である〉と、刊行に寄せたエッセイで林さんは綴っている。フランスを中心に世界で名をあげ、2017年に65歳でこの世を去った写真家の田原桂一さんと、京都で運命的な出会いを果たしてしまった19歳年下の博子さんが、この物語の主人公だ。 出会った当時、博子さんは33歳。彼女は義理の両親にも気に入られていたし、後継ぎとなる幼い息子を3年前に産んだばかりだったが、離婚調停中だった桂一さんに対してすぐさま特別な感情を感じてしまう。互いの気持ちに気づきながら、立場を考え表には出さずにいた二人が会うのは、必ず複数人の集まる場だったけれど、あるとき、偶然にも二人きりで食事をすることになってしまったときから、関係が始まって……。 というあらすじだけを聞けば、眉を顰める人もいるだろう。梨園の妻でなくとも、不倫は罪だ。家族を裏切り、傷つける行為である。とくに、芸能人の不倫がこれほど世間から糾弾されるようになった現代において、博子さんの過去を赤裸々に綴るのは、かなり大胆な行為である。けれど、博子さんとママ友だったという林さんが本作を書き下ろそうと決めたのは、下衆な好奇心からでも、その題材がセンセーショナルだからでもない。「この世に、本当に愛し合って、それを持続させている男と女がいるだろうか」と純粋に疑問を抱いていた林さんに「この世には、出会うべくして出会う人間がいる」ということを教えてくれた、奇跡のような二人の愛を、書かずにはいられなかったからだ。