トランプは「ウクライナを見捨てる」とは言っていない…それどころかトランプの対応が「良心的である」とすらいえるワケ
トランプ氏は領土の放棄を宣言せよとは言っていない
世界の常識として、停戦合意(ceasefire agreement)は、和平合意(peace agreement)とは違う。停戦とは、法的・政治的解決が果たされる前でも、戦闘行為の停止について紛争当事者が合意したときに、生まれる。上述の朝鮮半島、カシミール、キプロスなどの事例では、和平合意がないまま、長期にわたって停戦合意の効力が続いている。日本の場合で言えば、講和条約を締結していないロシアとの間であっても、ポツダム宣言受諾から停戦が続いている。法的・政治的な解決について合意できない紛争当事者であっても、戦争の停止という点においては、合意できる場合がある。法的・政治的解決も図るのが、和平合意であり、戦闘状態の停止が、停戦合意だ。 トランプ氏が実現を模索しているのは、あくまでも停戦合意である。停戦したからといって、ウクライナが領土の放棄を宣言しなければならないわけではない。したがってトランプ氏も、ウクライナが領土を放棄する宣言が必要だ、とは言っていない。本来、領土問題は、政治的に解決すべき事柄だ。実力で領土を奪還する前に、戦争を停止したからといって、自動的に領土の放棄を意味するわけではない。停戦合意を模索する、というのは、そういうことである。 正当な自衛権の行使をしている当事者も、戦争の負担が大きすぎれば、停戦に合意してもいい。自衛権行使の合法性は、停戦合意をしてはいけない理由などにはならない。占領の違法を訴える当事者も、当面の戦争の継続を避けるための停戦に合意してもいい。ガザ危機をめぐって、世界の圧倒的多数の諸国が、イスラエルの占領の違法性を認めながら、停戦を支持している。もし停戦してしまったら占領の合法性を認めることになってしまう、などとは、どの国も考えていない。 上述のように、政治的解決が図れない段階であっても、紛争当事者が停戦にだけは合意した実例は、世界に多々ある。というか、それが標準である。欧州人は、キプロスで、数十年にわたって政治合意のない停戦合意を運営している。ボスニア・ヘルツェゴビアでは、1995年のデイトン合意によって停戦が果たされたが、その履行プロセスは30年近くたって、まだ終了していない。デイトン合意履行を確証するために強権を発動することができる「上級代表(High Representative)」は、一貫して欧州人が務めている職務である。彼らは完全な政治的解決がなくても、停戦状態を維持し続ける仕組みを、ボスニアでも運営しているのである。アフリカなどの世界の紛争地域に行けば、沢山の欧州人が、政治的解決に合意できる前の停戦合意を説き続けているのを見ることができるだろう。 欧州人たちが、停戦合意と和平合意に区別を拒絶しているウクライナの事例は、極めて珍しい。欧州人は、他の地域の他の戦争では、停戦合意と和平合意の区別を前提にして、紛争当事者に停戦を呼び掛けることを常にしているのに、ウクライナについてのみ、その区別を拒絶するのは、明らかな「二重基準」である。 ロシアが、将来の領土交渉の可能性を認めながら、停戦に合意する可能性は乏しい、という意見もある。全く正しい意見だろう。だがそこで検討すべきは、停戦合意を締結するための方法だ。どうやったらウクライナはプーチン大統領を除去できるか、という問いではないだろう。