ポップス界の巨人・加藤和彦がこよなく愛したカバートコート
1973年、リリースされたばかりの「サディスティック・ミカ・バンド」のファーストアルバムを持って、ロンドンに出かけた加藤和彦。その時にスローン・スクエアで見かけたロールスロイスが忘れられず、作家・景山民夫を伴って再びロンドンに出かけ、1万2000ポンドで購入する。1ドル=360円の固定相場、1ポンドが800円もした時代である。加藤はまだ26歳、運転免許も持っていなかった。 【続きを読む】英国製スーツにあえて合わせた、パリのシャツ そんな有名なエピソードもあるくらい、若い時から英国へ行き、本場のカルチャーやファッションを堪能してきた加藤が、ロンドンでビスポーク、いわゆるオーダーメイドの服を仕立てることを楽しむようになったのは、90年代に入ってからのことと言われている。スーツはサヴィルロウ近くにあるテーラー、ファーラン&ハーヴィーや、ギーブス&ホークス出身のテーラーであるストワーズなどで仕立てていたらしい。スーツの上に英国製のコートやアウターを着ていたことは容易に想像できるが、加藤が書いたエッセイ本『エレガンスの流儀』(河出書房新社)によれば、自身がこよなく愛用していたのがカバートコート(加藤はカヴァート・コートと書く)だという。彼も書いている通り、カバートコートは日本ではまだまだポピュラーではないが、英国紳士たちの間では必須のコートだ。
このコートは「カバート・クロス」と呼ばれる霜降り、ないしは杢糸づかいの梳毛ギャバジンでつくられた、背広襟・比翼仕立てのコート。袖にはレイルロードと呼ばれる4本のステッチが入っているのが特徴。「スポーティな感じを漂わせているにもかかわらず、紺のチョーク・ストライプのスーツなどに合わせると、エレガントになる。やや外して、タキシードなどに合わせても洒落ている」と加藤は書いている。 英国に行けば定番的なこのコート、日本で手に入れるのは容易ではない。だが、日本を代表するビスポークテーラー、バタクでは本格的なカバートコートが用意されている。素材は世界的にも知られる「ハリソンズ オブ エジンバラ」「フォックス ブラザーズ」「ジョシアエリス」などのカバートクロス。ベルベットを使った上襟、比翼仕立てのフロント、チェンジポケットまで付いたクラシックなポケットなど、完璧なまでのカバートコートをオーダーで仕立てることができるのだ。 同書では「スーツはまだビスポークで誂えた事がなくても、このカヴァート・コートだけは誂えたほうがよろしい。これ一着で一冬過ごせてしまうのだから」と加藤は記す。加藤のようなエレガンスなスタイルを極めようとするならば、ビスポークでカバートコートを仕立ててみることも一案だろう。
文:小暮昌弘(LOST & FOUND) 写真:宇田川 淳 スタイリング:井藤成一