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慶應監督が警鐘「高校野球で体罰」が消えない訳

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東洋経済オンライン

文武両道を実践し、2018年には激戦区神奈川県の代表として、春夏連続で甲子園に出場した名門・慶應義塾高校野球部。その監督を務める慶應義塾幼稚舎教諭の森林貴彦氏は、高校野球には①困難を乗り越えた先の成長を経験する価値、②自分で考えることの楽しさを知る価値、③スポーツマンシップを身に付ける価値、の3つがあると考え、従来の伝統や形式に固執する「高校野球らしさ」に疑問を呈しています。 今回は、高校野球の問題点の一つである「体罰」が起こる原因と解決方法について、森林氏の著書『Thinking Baseball』から抜粋・再構成してお届けします。

■指導者の勉強不足・努力不足を露呈  平成から令和に変わり、時代も迅速に進んでいるにもかかわらず、高校野球における体罰の問題はなくなりません。過去と比較すれば、その数自体は減少しているのでしょうが、「あの学校の、あの監督はやっているらしいよ」などといった噂は、いまだによく耳にします。  では、体罰を根絶できない原因はいったいどこにあるのでしょうか。  結局のところ、さまざまな指導法に対する勉強不足や、それ以外の方法で問題を解決する意志を持とうとしない努力不足など、高校生を指揮、指導する立場として足りないものがすべて出てしまった結果であると、私は考えます。

 私自身、選手に手をあげることはありませんが、言葉であえて強く言うケースはあります。体罰がないのは当然としても、きつくも言わず、すべて優しい口調だけで指導が成り立つのかと言えば、それは難しい。ときにはあえて強く、きつい言い方をすることも、コミュニケーションの引き出しの一つだと思います。  今は少しでも強い言葉を使うと、「言葉の暴力だ、パワハラだ」と言われかねない時代です。しかし、そこにおもねっているだけでは、指導が前に進んでいかない部分も正直あります。

 人前で叱ってはダメ、大声で叱るのもダメ、嫌みを言うのもダメ。これでは「頑張って」くらいの言葉しかかけられなくなり、本当の意味での成長を促すことは難しいと思います。  多少の強制が伴い、選手も少しばかり「嫌だな」と感じたとしても、そこから徐々に良い習慣が生まれ、選手の成長やチームの方向性の統一につながることもあるのです。  過去には少し強く言いすぎて、立ち直るまでに時間がかかった選手がいたことも事実です。そのため、これまで私が行ってきたことすべてが正しいと言うつもりは毛頭ありません。

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