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【30万に1人の難病・魚鱗癬】「さぁ、みんなで一緒に我が家へ帰ろう!」生まれて3カ月、ついに我が子の退院

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 難病「道化師様魚鱗癬」を患う我が子と若き母の悲しみと苦しみ。「ピエロ」と呼ばれる息子の過酷な病気の事実を出産したばかりの母は、どのように向き合ったのか。『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』の著作を綴った「ピエロの母」が医師から病名を宣告された日、母は我が子の「運命」を感謝しながら「これからの親子の人生を豊かなものにしよう」と新たなる決意をした。  今回は、我が子生まれて3カ月。多くの医師、看護師のお世話を受け、ようやく我が家へ! 父、母そして息子ついに一緒の生活がはじまります。 この記事の写真はこちら ■母子同室 2回目 ~ 退院 1回目の母子同室から、10日後。 2回目の母子同室が始まった。 今回は母子同室後に、陽(我が子)と一緒に家に帰れる。 そう、待ちに待った退院が、もう直前まで近付いていた。 何も問題なく、24時間過ごせますように・・・。 そんな想いで病院へ向かった。 GCU(Growing Care Unit:回復治療室)から、小児病棟へ移動する際、陽と私は、お世話になっていた看護師さんたちに囲まれ、 「陽ちゃん、良かったね!」 「陽ちゃん、元気でね!」 「寂しくなるなぁ・・・」 「また遊びに、顔出しに来てなぁ!」 と次々に声をかけて頂き、陽のことだけでなく、親である私の心のケアまでしてもらえたことで、「陽を守る」という気持ちで、ここに立っている私がいる。 と改めて思い、看護師さんたちへの感謝の気持ちが大きすぎて、私は言葉を詰まらせながら、 「ありがとうございました」 「お世話になりました」 とだけ言った。 本当はもっともっと、伝えたいことがあったのだが、これ以上、何か言葉を出すと、涙まで出てしまいそうで、涙と一緒に感謝の言葉もグッと飲み込むことにした。 泣かないことで「私、強くなりました。もう泣きません。この子を守っていきます」という強い母親の姿を、最後くらいは見せたかったのかもしれない。 その後、初めて1人で行う沐浴(もくよく)も、薬の調合も、薬を飲ませるのも、ドキドキしながらも、なんとか無事に終え、前回と同様、大体2時間半の間隔でミルクを飲み、オムツを替え、全身にワセリンを塗り、少し起きて、また眠る。 この繰返しで、いつの間にかまた朝を迎えた。 そして、いよいよ 退院。 夫と私の母も来てくれて、スムーズに退院の手続きを終え、担当の先生が見送りに来て下さり、 「昨日から陽ちゃんスペースがなくなったから寂しいわぁ~」と仰って頂いたその言葉に、 あぁ、確かにGCUの部屋の中で、陽が一番場所をとっていたなぁ~。 と思い返していると、また涙が出そうになった。 「大変、お世話になりました。ありがとうございました。これからも、通院などでお世話になりますが、よろしくお願いします」 と夫とともに先生方に伝え、病院を後にした。 「陽! 初めての外の空気は美味しいか??」 夫が満面の笑みで、陽に話しかけている。 その様子を見て、私も笑顔になる。 陽が産まれてから、約3カ月。ついにこの日が来た。 さぁ、みんなで一緒に我が家へ帰ろう。 これからは、ずっとずっと一緒だね。 (『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』より) 【参考資料】 本書をもとにCBCテレビ『チャント』にて「ピエロと呼ばれた息子」 追跡X~道化師様魚鱗癬との闘い(6月26日17時25分より)が放送されました。 https://locipo.jp/creative/41a0b114-7ee7-4f24-976c-e84f30d2b379?list=5a767e90-3ff9-479c-a641-e72e77cf42c3

文・ピエロの母/構成:『BEST TIMES』編集部

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