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戦災越え、100年以上時刻む柱時計 中町の有馬明治堂

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南日本新聞

 鹿児島市中町のジュエリー店「有馬明治堂」に、100年以上時を告げている柱時計がある。高さ2.1メートル、幅53センチ。戦災を免れた店のシンボルは、戦後75年の今も、家族や訪れる客を見守り続けている。 【写真】大時計の横に立つ有馬忠夫さん(右)と息子の明治さん=鹿児島市中町の有馬明治堂

 同店は1905(明治38)年、時計店として天文館に創業。柱時計はドイツ製で、大正時代の初めに日本に輸入され、福岡市にあった5台のうち一つを初代の有馬三之助さんが購入したという。  先代で孫の忠夫さん(81)によると、戦局が悪化した44(昭和19)年、両親や祖父母らと柱時計をトラックに載せて疎開先の牧園町(現霧島市)に運んだ。店は翌45年6月17日の鹿児島大空襲で焼失した。  忠夫さんは「あのままだったら柱時計は焼失していたはず。祖父はハイカラな人で、疎開先では大切に保管していた。当時をしのばせる思い出の品」と語る。  一家は戦後、焼け跡近くに店を再建し、柱時計を再び設置した。  中央部の重り(分銅)が垂れ下がる力で動く「重錘式」。15分ごとにチャイムが鳴り、時報はボーンという重厚な音色を響かせる。年代物で替えの部品が手に入りにくくなっているため、今は時々動かすことにしている。  4代目で現社長の明治(あきはる)さん(48)は「まさに大きなのっぽの古時計。温かみがあってオーラを感じる。できるだけ長く守り継いでいきたい」と話した。

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