【朝原宣治氏の視点】サニブラウンは素晴らしいレース 決勝で勝負するためには自己ベスト9秒8台が必要
「パリ五輪・陸上男子100m・決勝」(4日、フランス競技場) ノア・ライルズ(米国)が自己ベストの9秒79(追い風1・0メートル)で初の金メダルを獲得した。2位はキシェーン・トンプソン(ジャマイカ)。ライルズが9秒784、トンプソンが9秒789とわずか0秒005差だった。サニブラウン・ハキーム(東レ)は準決勝で自己ベストの9秒96をマークしたが3組4着で、日本人選手92年ぶりの決勝進出はならず。北京五輪男子400メートルリレー銀メダリストの朝原宣治氏が、サニブラウンのレースを解説した。 【写真】自己ベスト更新も敗退し、切ない表情を見せるサニブラウン ◇ ◇ サニブラウン選手は、ベストを尽くしたと言っていいくらい素晴らしいレースでした。彼の持っている力を出した結果だったと思います。余計に悔しかったと思いますし、さらに上がいたという感じだと思います。 レース後のインタビューでは「『ラストの部分で伸びてくる選手はすごく伸びてくるので、力まずしっかり自分のレースをすればちゃんと食らいついていける』と(コーチに)言われた」と話していました。9秒9台中盤、自己ベスト、日本記録(9秒95)に迫るくらいが決勝に行けるラインだと本人もコーチもちゃんと理解していて。レースが終わって明確に課題を言うのもすごいし、緻密な練習をしているのがよく見えました。 「最後まとまりきらなかったのが失速したきっかけになった。ちょっとオーバーストライド気味になってしまった部分はあったのかな」と話していましたが、闘争心が出た結果、オーバーストライドになったのは仕方がないと思います。先行されていることと、着順だと2位に入らないとならないので、持っているものを全部フィニッシュラインにとなると、普通の精神状態では、ああいう競り合いをして平気でリラックスして走るのは無理だと思います。 余裕で準決勝を通る選手はそもそもゴール付近の余裕がかなりあるし、フォームも乱れないゴールになる。サニブラウン選手から「まだまだ」というコメントが出ているのは、そこをきっちり目指してやっているということだと思います。 他の選手と比べると、海外のレースで9秒台を普通に出している選手がほとんどです。9秒8台の記録を持ちつつ、9秒台で普通にシーズン中は走っておかないと、なかなかこの場所で上位に入るのは難しい。この舞台で自己ベストが出るのは、サニブラウン選手にかなり力が付いてきている状況です。あとは大きな試合に出て、海外勢の強い選手と勝ったり負けたりするレースが必要になってきます。 記録だけを見ると、2012年のロンドンはボルト、パウエル、ゲイ、ブレーク、ガトリンらがいて、9秒6台7台を持つ選手がけっこういました。今は突き抜けた個性のある選手がわーっといるより、皆速いという状況です。決勝に残るのも紙一重で、失敗すると残れないし、調子のいい選手がたくさんいると残れない。持ちタイムやアベレージを上げないと難しくなってきます。 今回はボツワナのテボゴ、南アフリカのシンビネらアフリカ勢やタイの18歳のプリポン・ブーンソン選手がいたり、アメリカとジャマイカの2強は変わらないけど、他の国のレベルもどんどん上がっている状況です。 ここで自己ベストを9秒9台から9秒8台に持って来られる選手はいいですけど、なかなかそんなことは難しいと思うので、決勝で勝負しようと思うと、普段から自己ベスト9秒8台が必要になってきますよね。 東京五輪に向けて、すごく短距離男子のレベルが上がりました。桐生選手が9秒台を出してから、立て続けに9秒台が出てきて。今それが止まった状態になっています。技術的には練習もフォームもいろんな情報があったり、道具も良くなったり、競技場の地面も走りやすくなっていることを考えると、世界の記録が上がってきているように、日本の選手も上がってもいい。9秒台で走って普通のような意識を持つ必要があるんじゃないかなと思います。 優勝したライルズ選手は、かなり劣勢だったと思いますが、登場シーンを見て、それを打ち破っていたと感じました。一人だけあんなハイテンションで入ってきたので、普通の精神の持ち主ではできないこと。皆比較的静かに集中していましたが、ライルズ選手はアレで一気に吹っ切れたんじゃないかと思います。悪い流れを自分で断ち切った気がします。世界一になる選手ってそういうことができるんだなと改めて思いました。