「田舎暮らし」の断片(1)── 移住民が新たに価値を見出した「薪ストーブ」
しかし、今日、薪を手に入れるのは簡単ではない。「出来合いを店で買う」のが最も手っ取り早いが、例えば最も手近なホームセンターなどでは一束500円前後と高い。一束は概ね両手で抱えられる程度の量だが、それくらいでは下手をしたら1時間も持たず、1000円札を燃やして焚き火をするレベルと言っても過言ではない。お金持ちの週末の別荘利用ならばそれで良いだろうが、右肩下がりの時代に現役世代が寒冷地に定住するための「生きる手段」としては、とても選択肢にはならない。 ではどうするかと言うと、一般人が山に入って木を切り倒すことは事実上不可能なので、長さ2~3メートルの原木(丸太)を手に入れ、自分で割る。これが最も現実的だ。原木は薪の束に比べればだいぶ安く買うことができるが、自治体などが間伐材を無料で配布することもある。「薪割り」は昔ながらに斧をふるってやる人もいるが、僕は7万円程度で売っている油圧式の電動薪割り機を使っている。
「バブルの残滓」の山
原木入手のルートとして、僕は昨秋初めて、地元のNPO法人が主催する「薪づくり講習会」というイベントに参加した。NPOが管理する里山の間伐材を使い、正しいやり方を教わりながら半日かけて薪を作る。出来上がった薪は参加者約30人で分配して持ち帰るという段取りだ。 ほとんどの一般参加者の狙いはやはり「薪ゲット」に尽きる。しかし、それは不純な動機だ。「本来の目的は、間伐材の有効活用の啓発・開拓です」と、主催者のNPO法人「八ヶ岳森林文化の会」の定成寛司理事長(75)は強調する。 会場となった里山は、僕が暮らす蓼科のリゾートエリアから下った、長野県茅野市の市街地の外れにある。かつては「吉田山」と呼ばれ、戦後間もなく大量のカラマツが植林された。さらにバブル期になってゴルフ場として開発されたが、バブル崩壊でコースが完成した段階で計画が頓挫、以後約30年間放置されて荒れ果ててしまった――という、戦後日本の縮図のような山である。 「人工林は間伐をしないと細い木ばかりになり、土砂崩れなどの危険が増します」と定成さん。ゴルフ場開発が頓挫したのも、オープン直前に土砂崩れが起き、復旧費用などで予算不足に陥ったためだという。「植林―開発―放置」というサイクルが一巡した今、フェアウェイには草木が乱雑に生い茂り、ゴルフ場の面影を見ることは難しい。その状態から「八ヶ岳森林文化の会」のメンバーが日々手入れを重ね、少しずつ里山としての美しい姿を取り戻しつつある。