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【戦後75年特集】コロナ禍の自粛警察 重なる戦争中の日本人「簡単に一定方向に流される国民性変わらず」…伝え継ぐ「戦争の記憶」

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中京テレビNEWS

 コロナで変わってしまった私たちの行動。 「旅行に行けない。『なんでコロナなのに出かけているの』と言われるので」 「映画館とかに行ったら 悪者みたいになってしまう気がして…」 「もちろんコロナウイルスも怖いですが、感染するよりも人の目が常にあるというのが怖い」(街の人)  コロナに感染するよりも怖い「他人の目」。  SNSなどでは、「この時期に遊びに行ってバチがあたりましたね」、「コロナ家族出ていけ」、「自粛してください」などと他人に自粛を強要し、誹謗中傷や嫌がらせをする行為、いわゆる“自粛警察”が横行。  周りと違う行動が許されないこの雰囲気、“あの時代と同じ”だと危惧する人が。 「戦争のためならお互い頑張ろう。『あなたは頑張っておらんじゃないか』と。今のお互いの監視の目も、一つに固まる目になっていったら怖い。それが一番怖い」(戦争体験者 坂下行雄さん)  戦争体験者が気づいたコロナ禍の現代人と戦時中の日本人との恐ろしい共通点。それは一体…。

 ことし7月。岐阜県高山市、我々が訪ねたのは、元中学校教諭の坂下行雄さん(88)です。 「『戦争が始まったぞ。真珠湾攻撃で日本は勝った』と」(坂下行雄さん)  1941年12月の太平洋戦争開戦の知らせを聞いた時、9歳だった坂下さん。    戦時中の記憶の中で、強く残っているのは…。 「戦争のためならお互い頑張ろう。『あなたは頑張っておらんじゃないか』と。そういう監視の目はあったんでしょうね」(坂下さん)

 “住民同士による監視の目”。実は、その背景には国が作ったある制度の存在がありました。  それは「隣組」。1940年に正式にできたこの制度では、国民は、約10軒を1グループとする「隣組」に組織されました。  防空演習などに加え、食料配給も隣組単位で行われ、配給の日時、場所の通知から実施まで、大きな役割を果たしました。

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