「力だけでなく、技術だけでもなく総合力を高めたい」ウェイトリフティング・糸数陽一
海底の石を水面まで持ち上げて、基礎体力を養った。中学で始めたウェイトリフティングで才能が花開く。世界選手権で36年ぶりにメダル獲得した日本男子だ。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.796〈2020年9月24日発売号〉より全文掲載) [写真]ウェイトリフティング・糸数陽一
目の前には、真っ青な海。少年は躊躇することなく飛び込み、水深3~4mへと潜っていく。海底には大きな石がゴロゴロと転がっている。そのひとつを抱えると、水をかいて水面に浮かび上がる。 「沖縄の離島、久高島で生まれ育ったんです。周囲8kmほどの小さな島が、すべて遊び場だった。追い込み漁をしたり、鬼ごっこをしたり。そんなことしかやることがなかったんですね(笑)。一日中、野外ですよ。家でゲームなんか全然しなかった。自然の中で遊んでいたので、基礎体力が養われたんだと思います」 糸数陽一は懐かしむように話を始めた。オリンピックのウェイトリフティングのメダル候補だ。この競技は前の東京オリンピックで金メダルに輝いた三宅義信を筆頭に、日本が数々のメダリストを輩出していた。しかし、84年のロサンゼルス・オリンピックを最後に、メダルから遠ざかった。糸数は日本人男子として、久々の期待の星なのである。
自粛期間に技術的な部分を追求した。
だが、他の競技者と同様に今年は練習が新型コロナの影響を少なからず受けた。緊急事態宣言の自粛期間、バーベルを一切握ることができなかったのだ。ウェイトリフティングは、スナッチとクリーン&ジャークという2種類の動きで、3回ずつ試技を行い、持ち上げたベスト重量を競う。常に高重量で練習をするのが効果的なのだが、それができない。筋肉が落ちていく不安もある。選手にとって、これは由々しき事態だろう。しかし、と糸数は言う。 「中2でウェイトリフティングを始めて以来、長期間バーベルを握らなかったのは初めてでしたが、おかげで深く考えてトレーニングするようになりました。今まではバーベルを持ってスクワットするのが当然だったけど、何も持たずにスクワットをしてみる。どこの筋肉をどう使って動作すると効率的か自覚するようになりました。普段の体重は65kgぐらいですが、それをどう生かして使うのがベストか、といったことです」 高重量を扱えなかった自粛期間を生かし、技術的な部分をどんどん追求していった。 「もちろん、バーベルを持っていなかったので、体力は一時的に低下したかもしれない。ただ、その間ずっとイメージができていたので、通常の練習を再開したときに動き自体はそんなに悪くなかったです。あとは実際にバーベルを触って、体力を元に戻していこうと思っています。今はまだ100%ではないですけど、ちょっとずつ最高のパフォーマンスに近づけて、来る日に向けた準備を続けているところです」 来る日とは、もちろん延期された東京オリンピックである。