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渡辺麻友が芸能界を電撃引退、最後の瞬間まで忘れなかった“まゆゆの信念”とは

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芸能界を電撃引退した、元AKB48で女優の渡辺麻友。長年AKB48グループを間近で取材してきた記者が、彼女の11年のAKB48人生を、改めて振り返る。 【写真】松井珠理奈や田中美久、荻野由佳らが公開した渡辺麻友との2ショット      *     *     * 6月1日、元AKB48で女優の渡辺麻友が「健康上の理由」で芸能界からの引退を発表した。ここ数カ月間、表舞台に姿を見せずにいたため、ファンからは心配の声が上がっていた矢先の発表だった。 まゆゆ(「渡辺」と書くと違和感しかないので、本稿では「まゆゆ」に統一させていただく)がデビューしたのは、2007年4月。前年12月の3期生オーディションに合格して、AKB48の3期生としてステージに立つことになった。後年、「あんなに自信を持てたのはオーディションの時だけ。受かる気しかなかった」と振り返っているが、2期生オーディションに落ちていたこともあり、憧れのAKB48に入りたい気持ちは並々ならぬものがあったようだ。 初めて劇場公演に立つ前月、私は初めて3期生を取材した。その中に混ざっていた渡辺麻友からは、後にエースとなる片鱗を感じることができなかった。ニックネームを聞くと、「まゆゆって呼んでほしいです……」と消え入りそうな声で答えた姿が印象的だった。 しかし、ステージ上でのまゆゆは、「この衣装を着て、ここで踊りたかったんだ!」と言わんばかりの輝きを放っていて、定員250人の劇場でアイドルになれた喜びを爆発させていた。可憐なルックスと相まって、ファンは彼女を支持した。 選抜メンバーにはすぐに定着した。2009年からスタートした選抜総選挙では、4位。2010年以後も5位→5位→2位→3位→1位→3位→2位→2位と、常に上位をキープ。6位以下になったことがない。神7と呼ばれたメンバーの中にあっては、正統派アイドル・キャラだった。

活動で大事にしてきたことは、腐らないこと

2017年、総選挙のスピーチ中に卒業を発表すると、同年10月、地元・埼玉で卒業コンサートを開催。大晦日の『NHK紅白歌合戦』を最後にグループから旅立った。卒業後は女優として舞台やドラマに出演していた。 AKB48時代のまゆゆのハイライトを挙げるなら、2014年の総選挙だろう。圧倒的有利と目されていた指原莉乃を破り、初の1位を獲得した、あの年だ。会場の日産スタジアムは、指原ファンの悲鳴とまゆゆファンの歓声でカオスに陥った。報われなかった正統派が頂点に立ったことは多くの観客にカタルシスをもたらした。 まゆゆといえば、真面目さが売りだった。卒業直前で取材した際の、こんな言葉が記憶に残っている。 「活動で大事にしてきたことは、腐らないことです。アイドルとしてのまゆゆは、真面目にやってきましたね。真面目すぎるくらい真面目で、ちょっと大変な時もありましたが……。そっち側が正当化されるとちょっと……。まあ、正解なんてないんですけど、考えても答えが出ないですね」(2017年8月) まゆゆの話す「そっち側」とは、「スキャンダルを起こした側」という意味だ。真面目に活動している自分としては、「そっち側」にスポットライトが当たることに納得がいかない。ただ、それで腐っても始まらない。芸能の世界は正しさだけで成り立っているわけではないからだ。結局のところ、自分は自分の考える道を歩くしかない――。そんな意味の言葉だった。 別の機会にはこんなことも話している。 「なかなか(前に)進まなかったです。もどかしかったし、いつ報われるのかな、と。いつかは絶対気づいてもらえるから、その日まで頑張るしかないと思っていました。ひたすら頑張ってましたね。努力は無駄にならないだろうし」(2014年7月) まゆゆの考えを支持する後輩は多かった。メンバーばかりか、そんな姿勢はファンにも伝わっていた。まゆゆがトップ・アイドルでいられたのは、アイドル・サイボーグと呼ばれるような、徹底したかわいらしさのみが理由ではなく、曲がったことに背を向ける真面目さもまた支持されていたのだ。「後輩には、私と同じ思いをしてほしくない」。そんなこともよく口にしていた。まゆゆの姿勢は「アイドル、かくあるべし」と手本になり、フォロワーに大きな影響を与えた。 真面目さと同時に、繊細さを持ち合わせた人でもあった。同期の柏木由紀のように、一度心を許した人にはすべてをさらけ出し、ふざけ倒すが、そうでない人とは一定の距離を保っていた。ファンや世間から自分がどう思われているか、常に気にしていた。

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