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「息子とどこかに行った記憶がない」ひきこもり支援続ける夫婦の現実 志ある個人頼みの末に…

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富山で、不登校やひきこもりを経験した若者たち約20人が暮らす富山市内の共同生活寮「ピースフルハウスはぐれ雲」、通称「はぐれ」。切り盛りするのは、県外から移り住んだ夫婦だ。30年余りにわたり、規則正しい生活と農作業を柱にしたシンプルな営みを続け、若者の自立を後押ししてきた。手探りで寮生とのフラットな関係を築き上げた2人。けっして知名度は高くない「はぐれ」の地道な活動から「自立支援施設」の今を考える。(朝日新聞富山総局・竹田和博) 【イラスト解説】ひきこもり→家庭内暴力収める「7つの道筋」 親側の2つのNG

規則正しい生活と農作業

「佳子がいなかったら、はぐれは成り立ってない」 はぐれの代表、川又直さん(66)はある夜、居間で夜食のラーメンを食べながらそう口にした。川又さんは地域の会合や家庭訪問、交渉事で外に出ることもあり、寮の生活はもっぱら妻の佳子さん(63)が切り盛りする。 規則正しい生活と農作業。1988年にはぐれが始まってから続くシンプルな営みは、川又さんと佳子さんの2人がいることで続けてこられた。 特に、食事は佳子さんなくしては成り立たない。一週間分の献立を考えて買い出しに行き、寮生と台所に立つ。「自分の仕事は後回しにできるけど、ご飯はそうはいかない」。人手不足の時には3食を一人で作り続けたこともある。「息子とどこかに行った記憶がない。だから、富山のことあんまり知らないんですよ」 さばさばと、そして淡々と仕事をさばきながら寮生の話を聴き、時に厳しく、時に優しく声をかける。「今の子たちは、妙に気を使いすぎたり依存しすぎたりして距離感が悪い。少しずつ離して適正な距離感にしていく」

「自分と似てた」若者の姿

千葉県出身の川又さんと東京都出身の佳子さんは、不登校やひきこもりの若者を受け入れていた静岡県内の牧場で出会った。 「東大を出て医者になれ」。教育熱心な教師の父の下で育った川又さん。高校こそ都立の進学校に進んだが、2年生の時に「親の敷いたレール」を外れた。酒とたばこに興じ、雀荘とパチンコ店に入り浸り、高校卒業と同時に家を出て働き始めた。 その後、父親の縁で静岡の牧場を手伝うようになり、自立支援の道へ。親の敷いたレールを進んで行き詰まった若者の姿が「自分の境遇と似てた」と川又さんは振り返る。 一方、佳子さんは、大学を出て大手建設会社に入ったが「何がしたいとかなかった」。たまたま見た新聞で牧場のことを知り、「自分にもできることがあるんじゃないか」。赴いた先で責任者をしていたのが川又さんだった。 ボランティアとして働くうちに会社を辞めて職員に。佳子さんは「自分も迷ってたから、迷ってる子に共感したのかもしれない」と振り返る。

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