「リモートワークの体で、実際は出勤していた」――立ちはだかる「昭和おじさん」の壁、ある地方公務員の告白【#コロナとどう暮らす】
「電子決裁がきました」っていう紙が回ってくる
ペーパーレス、ハンコ不要の動きが進み、役所でも電子決裁が一部始まっているというが、「まだまだ紙とハンコ文化ですよ」と安田さん。ハンコを押す回数は、1日に100回を上回る。 「電子決裁ってふつう、PC上で完結するじゃないですか。でもそういうシステムがないから、『電子決裁がきました』っていう紙が回ってくる。そこにボールペンでサインして、また上に回す。それでまたPC上でチェックしましたと打ち込む、と。ハンコより二重の手間になっちゃってるという」 役所はこういうことだらけなんです、と安田さんは苦笑いする。 「そりゃ出勤抑制なんてできないですよね。部署によっては、紙ベースゆえに自宅勤務が可能になった職員もいました。紙の書類をわざわざPDFにして自分の個人メールに送って作業したり、書類の束を持ち帰ってせっせと手書きしたりハンコ押したり。また、戸籍住民や住民異動とか、個人情報を扱う部門は絶対に持ち出せませんから、リモートはまず不可能です。政府はとにかくリモートしろと言うんですが。矛盾ですよね」 出勤抑制が推奨されるなか、「俺がいなけりゃはじまらない」と張り切って出勤を続ける昭和おじさん上司。その目を盗むようにして、安田さんたちは、独自でリモートワークの方法を模索しはじめた。 「役所には、市民の方々に対する仕事だけではなくて、出入りの業者やメーカーの方々など、一般企業との付き合いがあります。リモートワークを推進する彼らとのやりとりには、私たちもリモートで応じたいと、自分たちでZoomを使うようになりました。タブレットを持ち込み、もちろん通信料は自腹です。同僚とはLINEグループで話し合ったり。昭和おじさんは何も知らないですが、それをやっていなかったら、私たちの業務はもっと山積して苦しかったと思います」
人手はない、それでも降ってくる特別定額給付金業務
5月に入り、特別定額給付金の業務が降ってきた。給付の準備は、住民基本台帳やモニターを目で見ながら、指さし確認をしなければならない。マイナンバーカードの普及が徹底せず、大量の個人情報を一括処理できないからだ。 「電通に再委託とかって、私たちからすると羨ましい話でした。委託したいと思っても『感染症が怖いから役所に行きたくない』って業者から断られてしまう。だから、膨大な作業を短期間で、直営の職員でやらざるを得なかったんです。そもそも地方公務員は、20~30年前に比べて大幅に減っている。庁舎勤務の約3分の1は外注で、『正職員』がどれだけ少ないか。国は急げと言うし、市民の皆さんはまだかと待っているし……。各部署から交代で人員を出すなど、いろいろ工夫はしているんですけども限界があります。職員10人で20万件分の手続きをするって、想像つきますか? ミスがあってはならない、それは当然なんですが、ミスが出る理由がわかる私たちからすると、本当につらいことです」 インフラ整備による効率化・省力化という発想が足りない、と安田さんは肩を落とす。 「役所の仕事はこういうものだ、と決めつけている昭和おじさんが上層部に多い。AIやRPA、ICTに向いてないと思っている、というか、そもそも用語すら知らない。日本で一番ITが遅れている職場、それが役所です。私が就職したのはITバブルといわれた2000年ですが、役所では感熱紙のワープロを使っていました。そういう人たちが、今の上層部だということ。未だに軍隊意識が強く、改革が難しい。組織のピラミッドの頂点の、10人、20人の意識を変えないと、状況は変わらないでしょう」