パンデミックの使者、コウモリに要注意
(藤 和彦:経済産業研究所コンサルティング・フェロー) 「ウイルスの発生源の解明に向けて、さらなる研究が必要で、今後も継続していく」 新型コロナウイルスの発生源を調べるため世界保健機関(WHO)が中国湖北省武漢市に派遣した調査団は2月9日記者会見を行い、今回の結果をこのように語った。 WHO調査団は、疫学、ウイルス学、公衆衛生学、動物健康学、食品安全学などの専門家から構成され、2週間の隔離期間を終えた1月28日から現地調査を開始した。1月31日に世界で初めて新型コロナウイルスの集団感染が確認された武漢市の華南海鮮卸売市場を視察したが、同市場は徹底的に消毒され、売られていた野生動物も回収されていた。当時の状況を正確に把握するのは困難だったとされている。 2月3日には、トランプ前米政権が「新型コロナウイルスの流出先だ」と主張していた中国科学院武漢ウイルス研究所を訪問した。WHO調査団はこの施設に4時間弱滞在し、「バット(コウモリ・ウーマン)」の異名を持つ著名な研究者、石正麗氏らと協議した。石氏は2002年から2003年にかけて中国を中心に世界で流行したSARSウイルスがコウモリ起源だということを証明して「バット・ウーマン」と呼ばれるようになった。WHO調査団は訪問後「率直でオープンに議論した。重要な質問にも返答があった」としていた。 一連の調査を終えたWHO調査団は「動物が媒介となり、人に感染した可能性が最も高い。コウモリなどから感染した可能性があるものの、どうやって武漢市の海鮮市場にウイルスが入り込んだか断定できない。その特定にはさらなる調査が必要である」との見解を示した。また、発生源との指摘があった武漢ウイルス研究所については、「管理体制が整っていることから、ウイルスが流出した可能性は極めて低い」としている。
■ アジア各地のコウモリから新型コロナの類似ウイルス WHO調査団の報告を聞くと、「このままでは中国の主張(新形コロナウイルスの発生源は中国ではない)にお墨付きを与えるだけの調査に終わりかねない」との懸念が生じてしまうが、WHOはあくまで「調査の目的は、新型コロナウイルスの感染経路を追跡することで、将来のウイルスの感染拡大を防ぐことが重要であり、中国の科学者や公務員と共同調査の協力関係を構築することが重要である」とのスタンスである。 その理由は、「SARSはコウモリから人に感染した可能性が高い」という事実が判明するまで10年以上の時間を要したことから、「新型コロナウイルスの発生源の解明には数年かかる可能性がある」と考えているからである。 WHO調査団のメンバーであるドワイヤー氏(豪州のウイルス学の専門家)は「中国でコウモリが生息している洞窟を訪れて調査を行う必要がある」と主張している。 新型コロナウイルスのそもそもの発生源として世界の研究者が注目しているのは、2013年に中国雲南省の洞窟に生息するコウモリから採取されたコロナウイルスである。このウイルスの遺伝情報が新型コロナウイルスのものと96%以上も合致していたのだ。 この洞窟は、昆明市の市街地から南西に40キロメートル、ラオスとベトナムとの国境近くの山村にある。山村にはかつて銅の採掘場があったが、2012年にその坑道に入った人から重症の急性呼吸器疾患が多発した(2020年12月17日付朝日新聞)。コウモリの糞にこのウイルスが潜んでおり、それを吸った人が発症したとされている。 新型コロナウイルスと遺伝情報が近いウイルスはこれだけではないことがわかってきている。1月28日付サウス・チャイナ・モーニング・ポストは「2010年にカンボジア北部で捕獲された『キクガシラコウモリ』の冷凍試料から新型コロナウイルスに類似するウイルスが発見された」と報じた。キクガシラコウモリは、体長6~8センチメートル、鼻の回りの複雑なひだ(鼻花)が菊の花に似ていることが和名の由来である。夜行性で昼間は洞窟などで眠っている。このキクガシラコウモリから新型コロナウイルスと遺伝情報が92%以上一致するウイルスが見つかったのである。