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「8割おじさん」のクラスター対策班戦記【前編】~ 厚労省のビルから北大の研究室に戻るにあたり伝えたいこと

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中央公論

西浦 博北海道大学大学院教授インタビュー/聞き手・構成 川端裕人(作家)

「緊急事態宣言がほどなく終わることがほぼ確実かと思いますので(インタビュー実施は5月19日)、それを踏まえておそらく専門家のやってきたことに関してある程度検証が進むと思います。東京に出てきていた研究員たちも輪番制にして北海道に帰し、僕自身もパートタイムになります。そこで、この3、4ヵ月のうちに経験したことや、反省点、今抱いている問題意識について共有できればと思っています」  北海道大学・西浦博教授は、Zoomのウィンドウの中からそのように語り始めた。「8割おじさん」として知られるようになった日本の理論疫学のエースは、この4ヵ月、厚生労働省(以下、厚労省)が入居する中央合同庁舎5号館に「登庁」する日々を送ってきた。データ分析を一手に担い、対策の科学的根拠を提供してきたのが西浦らのチームである。Twitterでの発信や、マスコミとの「意見交換会」などを通じて、肉声を届ける回路を保ってはいたものの、今、緊急事態宣言の解除に向かって事態が好転しているように見える時だからこそ、話しておきたいことがあるという。 「これまで目標としてきた流行の制御はできたわけですが、課題もたくさん残されていますし、コミュニケーション上、誤解を解かなければならない部分もあります。何より、今後のことで心配なこともいくつかありますから」  というわけで、本稿では、西浦が、今「コロナ禍」の体験を共有するすべての人たちに伝えたいことをまとめる。

●クラスター対策班の誕生

 まずは、2月から西浦らが経験してきたことについて。これは西浦らがなぜ「クラスター対策班」で、国の意思決定に影響をおよぼすアドバイスをする役割を担ったのかという点にも関わってくる話だ。 「実は、COVID-19の流行が始まるずっと前から、国立感染症研究所の脇田隆字所長や感染症疫学センターの鈴木基センター長といった方々と、なにかの流行が起こった時は北大の西浦研究室(以下、西浦研)が東京に出て、至急で研究・分析ができるチームを作って手伝う、という話をしていたんです。それもあって、2月の前半にダイヤモンド・プリンセス号の問題が生じた頃から僕はすでに個人的なレベルで厚労省のビルにいてデータ分析をしていました。最初の頃は『下船オペレーション』に付き添う形です。下船する人から何人感染者が出て、この後、発病したり亡くなる方がどれくらい出るかという計算をしていました。その間、北大の研究員たちが3人ぐらい僕と一緒に上京してきて作業をしていました」  今となってはものすごく過去のことに思えるが、当時、中国での流行が制圧局面で、ダイヤモンド・プリンセス号の問題は、日本のみならず世界的な関心の中心だった。オペレーションのまずさが批判されてネガティヴなイメージが強かったものの、船内の感染制御によって感染者や死亡者を減らすことにはある程度成功していたと後になって分かったし、下船後に2次感染から流行を生み出すこともなかった。満点のオペレーションではなかったにせよ、なんとか切り抜けたといえる。その背後にリアルタイムのデータ分析を担当した西浦らのチームがいたわけだ。 「大学の研究室とはまったく違う生活スタイルで、朝8時には厚労省にいて、船内と無線がつながっている部屋につめて、データ分析して、国会の質疑があるのでそれ用のデータも作らなきゃと対応すると、日付が変わる頃になってやっと帰るような日々でした。それで厚労大臣たちとの関係もできてきて、2月25日になって新しい組織の話が出たんです。東北大学の押谷仁先生と僕と、感染研の脇田所長、鈴木センター長が呼び出されて、こういうチームを作るから厚労省のビルの中で活動してくれと。それでうちは来られる研究員を総動員することにして、15~16人ぐらいが東京に来ました。東北大の押谷先生のところと、他の大学から参加した人たちもいて、総勢30人ちょっとくらいで活動することになりました」  クラスター対策班の誕生である。以降、北大の西浦研は事実上の総動員態勢で、厚労省の中で分析を担当することになる。2月25日と言えば、ダイヤモンド・プリンセス号の件は下船がひと段落して、概ね先行きが見えてきた時期だ。一方では北海道の「第一波」の流行が始まっており、28日には知事判断による「緊急事態宣言」が出されることになる。そこから実に3ヵ月にわたって、北大の西浦研や東北大学の押谷研などが厚労省の中に拠点を持って活動することになった。結成時のプレスリリースによると、サーベイランスと接触者追跡を感染研が、データ解析を北大が行い、東北大が中心となったリスク管理チームがリスク管理案を策定することになっている。  もっとも、クラスター対策班は、当初こそ、主な業務が日本各地で発生するクラスター対策そのものだったが、次第に活動範囲が広がり、そのうちに名前が実情と合わなくなっていく。西浦が「8割おじさん」として知られるようになった時期には、個別のクラスター対策では間に合わず、全国的に「接触の8割削減」がテーマになったわけだが、それでも名称は同じままだった。 「実は、患者ベッド数の予測とか、海外からの感染者侵入シミュレーションさえやっていましたから、途中から名称変更のリクエストもしていました。『データ解析班』的なものを作ってもらえないかとか。でも、そこまで手が回らなかったというのが正直なところです」

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