《ブラジル》【記者コラム】「日本語勉強すれば幸せになれる」=多文化論
日本文化優秀論にならない文化論とは
これを聞いて、9月19日に開催された文協統合フォーラム2020」(FIB)オンライン・ライブで聞いた、大志万学院の川村真由美校長の日本文化論を思い出した。 日系社会ではついつい「日本文化優秀論」「日系人は素晴らしい」的な議論に向かいがちな部分がある。だが川村校長は「日本文化は優秀だ、日系人は頭が良いと、ユダヤ人や他の民族子孫に説いても意味はない」と中立的な教育者の視線からクギを刺す。 川村校長は「日本文化の中から、民族を超えて役立つ考え方を抽出し、それを広めることが重要。例えば『感謝』(グラチドン)の思想を皆に教えている。 どんな人にも、みな『自分の人生』がある。それがあるのは、ご先祖様がいてくれたおかげ。ご先祖さまの誰一人欠けても私は存在しない。その繋がり、流れの結果として、私は存在する。 そして私はウニコ(唯一)の存在だ。ウニコで他の人とは違うから、自分の人生には価値がある。そのことに感謝するのは、人種・民族を超えて大事なこと。そこから説き広げることで普遍的な価値になる」と切々と語った。 「日本文化優秀論」がそのままポルトガル語で表現されてしまうと、ブラジル人には人種差別だと受け取る人がいる。だが真由美校長のそれは、どんな人が聞いても問題のない普遍的な日本文化論になっており、感心させられた。 「日本文化に役に立つブラジル文化は?」との質問に対し、同校長は「アレグリア(陽気さ)とベルサチリダーデ(汎用性)ね。日本文化は得てして真面目すぎて面白みが薄かったり、厳しすぎる面がある。ブラジル的なアレグリアとベルサチリダーデを取り入れることにより、バランスの取れた形になる」と回答していた。
日本語にしかない言葉を教える
今回のパンデミックで痛めつけられた日本語学校が多いことは事実だ。多くの日本語学校の運営母体は、地域文協などの日系団体であり、その運営母体そのものがイベントを打てずに活動が休止して収入が激減している。その状態の中で、日本語学校や教師もまた、厳しい状態に置かれているところが多い。 プレ会議の基調講演で、聖南西文化体育連盟(UCES)の山村敏明会長は、「30~40年前の往時にはうちの地区全体の日本語学校の生徒数は約1千人いた。でも今は300人ぐらい。かつて一家族に子供が6人、7人いたが、いまでは1人、2人。デカセギに行ってしまった人も多い。生徒を増やすために戦っている最中だが、パンデミックの中で将来への不安はどうしてもある」との心境を語っていた。 山村さんの言葉で一番腑に落ちたのは、次のフレーズだった。 「子供たちにはしゃべる、読む、書くだけでなく、東洋の精神を学んでほしい。感謝の気持ち、高齢者への敬意、謙虚さはもちろん、『ごくろうさま』『お疲れさま』『お帰りなさい』『いただきます』などポルトガル語にするのが難しい言葉に込められた精神を教えてほしい。これらの言葉には、日本人の気持ちが込められている」 まさにプレ会議で、多くの参加者から発言があった「日本語だけでなく、日本文化を教える」という日本語学校の意義を的確に表現した言葉だ。