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歴史に残る日本開催の2006年世界選手権。スペイン、ギリシャ、アルゼンチン、ドイツの激闘を見よ!<前編>

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バスケットボールキング

FIBAにおける近代バスケの扉を開けた大会、2006年世界選手権

 現在、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、世界中のプロリーグが中止や無期中断中となっている。FIBAの国際大会も開催の見通しが立っていない。そんな中でFIBAは公式YouTubeにて、連日2ゲームずつ過去の名勝負を無料で公開している。その名も『FIBA Classic Games』。その中で紹介したいのが、日本で開催された2006年世界選手権(男子)での名勝負3試合とワールドカップ史を振り返るドキュメント映像だ。 (※2014年大会からは「ワールドカップ」の名のもとに開催されているが、この記事では2006年当時の「世界選手権」の名称で紹介する) FIBAが2021&2022年のスケジュールを発表  2006年の世界選手権は、近代バスケ史の扉を開いた大会だったと言える。  その理由には様々な背景がある。出場国が16チームから24チームに拡大して世界各国のバスケスタイルが披露されたことに加え(2019年大会からは32チームに増加)、NBAがグローバル化したことで、各国のスター選手が集う品評会のような大会になったこと。2000年にショットクロックが30秒から24秒に変更したことで戦術が多様化し、そんな中でギリシャがアメリカを破った戦術として代表されるように、ピック&ロールが世界基準のセットプレーとして有効であることを、より深く広めるに至ったこと。また、スペーシングを生かして大型選手が3ポイントを放つなど、現代バスケにつながる戦術をヨーロッパの強国が示したのだ。そして、バスケットボール大国の復権をかけた臨んだアメリカが敗れたことなどが理由にあげられる。  2006年大会を席捲したのは、日本人がよく知るNBA選手で結成されたアメリカではなかった。  アメリカは2002年に自国開催の世界選手権で6位、2004年アテネ五輪では銅メダルに終わったことから、2006年世界選手権からは、最高責任者のジェリー・コランジェロと、ヘッドコーチのマイク・シャシェフスキー(コーチK、デューク大学HC)により、FIBAルールと選手選考における強化プログラムを見直す新体制がスタートした。しかも、メンバーはレブロン・ジェームズ(ロサンジェルス・レイカーズ)、カーメロ・アンソニー(ポートランド・トレイルブレイザーズ)、ドウェイン・ウェイド(元マイアミ・ヒート他)といった、若いながらも、当たり年と言われた2003年のドラフト組を中心としたスター軍団だったのだから、敗れた衝撃は大きかったのだ。  時は流れて2019年。日本は13年の月日を経て、ようやくワールドカップのコートに立つことができた。  2006年の日本はパナマから1勝を上げ、勝負をかけたニュージーランド戦で前半18点のリードから崩れて57-60で屈し、予選ラウンド突破はならなかった。だが、ジェリコ・パブリセヴィッチHCのもと、4年間かけてヨーロッパで高地トレーニングとゲーム経験を積み、強固なディフェンスを作り上げる強化方針は間違ってはいなかった。ただその後は、ホスト国として経験した世界基準も、それまでの積み重ねも継承することなく迷走し、アジアでも低迷してしまったのだ。二度とあってはならない教訓として、日本で世界選手権が開催されたことは忘れてはならない。改めて、『FIBA Classic Games』にピックアップされたゲームから学ぶことはあるのではないだろうか。

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