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今村均とジャワ軍政~陸軍内部の批判に応じなかった「真の軍人」

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PHP Online 衆知(歴史街道)

一般中学で培われた特色

今村均を考えるうえで、幼年学校ではなく、一般中学の出身だったことは重要である。 一般中学出身者と幼年学校組は、どこが違うのか。 一般の中学校も幼年学校もだいたい13歳で入学するが、中学では5年の学業期間に政治、経済も学んで幅広い知識を得るし、小説などの本を読んで基礎教養を身につける。 一方、幼年学校で勉強するのはもっぱら軍事である。極端な言い方をすれば、軍事しか知らない人間が育つのだ。 もちろん、幼年学校出身者のすべてにそれが当てはまるというわけではなく、バランスの取れた人物もいたことだろう。 しかし、一般中学出身者のほうが、人間的なふくらみがあるというのは、総じて妥当な見方だと思う。今村の陸軍士官学校の同期である本間雅晴や、後輩ではあるが、硫黄島で指揮を執った栗林忠道も一般中学出身者である。 一般中学出身である今村の特色が顕著にあらわれたのは、第十六軍司令官として行なったオランダ領インドネシア・ジャワの占領地統治(軍政)だろう。 「軍政」というと、強圧的なものというイメージが強いが、今村の場合は「現地の人の生活を守る」を前提とした行政である。 今村はジャワの人たちの意見をよく聞き、彼らの生活ルールを尊重した。 また、有無をいわせずに資源を徴発する他の軍人とは異なり、適正な価格で購入するという形を取った。 「日本にもっと資源を送れ」という要求があ っても、今村は、「現地の人の生活が崩れてしまう」という理由で反対し、大本営を説得している。 それから、スカルノ、ハッタといった、オランダに抵抗した独立運動の指導者を牢屋から出したり、インドネシア独立の歌を歌うことを許したりもしている。その地の歴史、民族の誇りをおろそかに扱うことはなかったのだ。 このような今村の方針に、「やり方が生ぬるい」という批判が陸軍内部で出た。 軍務局長の武藤章が今村を訪ねてきて、日本軍の威厳を高めるよう求めたことがある。 このとき今村は、陸軍の「占領地統治要綱」にある「公正な威徳で民衆を悦服させ」を引き合いに出して反論し、「職を免ぜられない限り、方針は変えない」といって応じなかった。 ジャワにおける今村の占領地統治は、ある種の歴史的正当性を持っていると思うし、それは一般中学で学んだことと、彼の人格が調和した結果だと言えるだろう。

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