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コロナウイルスがフットサルチームにもたらした変化とは?

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スポチュニティコラム

バルドラール浦安デフィオができるまで

バルドラール浦安デフィオは、聴覚障がい者と聴者(=耳が聞こえる人)が共に挑戦するフットサルチームだ。 「デフィオ(Defio)」というチーム名は、聴覚障がいを示す「deaf」と、スペイン語で“挑戦“という意味を表す「desafio」という二つの言葉に由来している。 日本国内にはJDFA(Japan Deaf Football Association、一般社団法人日本ろう者サッカー協会)という団体があり、デフフットサルの国内大会も行われている。 そのようななか、デフィオは千葉県のフットサルリーグに所属しており、聴覚障がい者も聴者も関係なく同じコートでプレーすることに“挑戦”している。 創立以来、監督兼選手としてチームを支えている泉洋史(いずみ ひろし)さんに、デフィオ創立の経緯、新型コロナウイルスの影響でチームに起きた変化をお聞きした。

「今しかできないことをやりたい」 ―プロ選手への挑戦

大学時代からフットサルを始め、バルドラール浦安に入団した泉さん。『今しかできないことをやろう』と考えた泉さんは、プロ選手になることを決意。両親を説得して東京での仕事を辞め、拠点を千葉に移した。 バルドラール浦安は日本フットサルリーグ(F.LEAGUE)のDiv.1に所属しており、選手層が厚い。プリメーロ(一軍)、セグンド(二軍)のほか、千葉県フットサルリーグに加盟しているテルセーロ、中学生年代のバセ、女子チームのラスボニータスなどもある。 セグンドで練習を続けていた泉さんだが、自分が戦力としてチームに貢献できるかを考え始めた頃、面談した監督から思いがけない言葉をもらう。 『君は一軍には上がれない』 「その時は、糸がぷつんと切れたような感覚でした。自分はもう、頑張ることさえできないのかと」 しかし、そんな泉さんにプリメーロのアシスタントコーチの話が舞い込んだ。 プリメーロの岡山監督(当時)が、『(彼なら)チームのために貢献してくれる』と白羽の矢を立てたのだ。 一方、大学時代にフットサルを通じて聴覚障がい者サッカーを知った泉さんは、かねてからの知り合いだった植松隼人(うえまつ はやと)さん(現:デフサッカー男子日本代表監督)と「いつか聴覚障がいの人も競技志向でフットサルができるチームを作りたい」と話していた。 アシスタントコーチか、新フットサルチームの創立か。 「誰もが経験できる立場ではないし、この経験は将来自分がデフィオの監督になったときにも生きる」と考えた結果、泉さんはコーチの道を選ぶ。 セグンドを退団し、プリメーロのアシスタントコーチに就任した泉さんは、監督に付き添ってほぼ全ての試合に帯同。ミーティングやプランニング、選手への声かけなど、“一軍の流儀“を全身で感じ取った。 一方、もう一つの夢であった新チーム創立に向けて準備も開始。 チーム創立の趣旨や、チームがクラブに対してどのような貢献ができるかなどをまとめ、クラブの社長に提案したという。 全ての準備が整った一年後の2014年、アシスタントコーチを続けながら泉さんは植松さんと共にデフィオを創立。植松さんはコーチ兼任の選手に、泉さんは監督兼選手になった。

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