日本初上陸から四半世紀…コーヒーが“国民的飲み物”になった『カフェモカ』の功績
今や日本人の日常に深く根付いたコーヒー文化。昔ながらの喫茶店だけではなく、コンビニでも手軽に飲むことができる時代に。商業施設にも必ずと言っていいほど、タリーズやスターバックス コーヒーのようなコーヒーチェーン店が入っている。こうしたシアトル系コーヒー店が、日本のコーヒー文化に及ぼした影響とは? 来年、日本での創業25周年を迎えるタリーズコーヒージャパンに聞いた。 【写真】シアトルのタリーズ1号店の貴重写真! 豆乳やホワイトチョコでカスタマイズした『モカマキアート』も同時発売 ■ロゴ入りカップに緑ストロー トレンドの象徴だった“シアトル系コーヒー” 日本で“第1次コーヒーブーム”が始まったのは、1960年代。国内初の缶コーヒーも誕生し、身近な飲み物として日本人に広く浸透。コーヒー豆の輸入量も右肩上がりに増加し、1980年代には、喫茶店が大ブームとなった。その後、90年代に入ると“第2次ブーム”に突入する。1996年にスターバックス コーヒーが銀座にオープンしたのを皮切りに、翌97年には同じく銀座にタリーズコーヒー、99年には大阪にシアトルズベストなど、“シアトル系コーヒー”が続々と日本へ上陸。 “シアトル系コーヒー”は、その名の通りアメリカ・シアトルを中心に発展したコーヒー。 「アメリカ経済の中心となるのはニューヨークのある東海岸。ニューヨークの始業9時に合わせると、西海岸のシアトルは時差で3時間ほど早く始業することになります。そのため朝早くコーヒーを飲みたい方が多く、1990年頃からスターバックス コーヒーやタリーズ、シアトルズベストなどの競合がひしめき合い発展していきました」(マーケティング本部・グループ長・工藤和幸氏) アメリカで発展したのち、90年代後半に次々と日本にも上陸したシアトル系コーヒー。海外でしか飲めなかったものを日本で楽しめるステータス感もあって、すぐ人気に火が付く。海外旅行や留学時に飲んだ経験がある人も多く、海外の味を求めて来店したり、男性客の多い喫茶店に入りづらかった女性にも広がっていった。 「当時コーヒーを飲むときは喫茶店でカップに入ったものを飲むのが主流で、あまりテイクアウトで飲む習慣はなかったんです。それが、ロゴのついた紙カップを持って歩くという新しいスタイルがトレンドになっていきました」(工藤氏) 銀座という流行発信地にスターバックス コーヒーやタリーズが出店したことで、相乗効果で発展。トレンドをいち早く取り入れられる場となった。今では当たり前となった冷たいドリンクに使用されている緑のストローも、タリーズの創業者・松田公太氏が他店との差別化のために取り入れたのが起源。“ロゴ入りカップに緑のストロー”は、その後の定番となった。