神戸の「万年筆インクが年2万個」も売れる深い理由~「Kobe INK物語」の誕生秘話
ある初夏の日、ナガサワ文具センター(兵庫県神戸市)の商品開発室室長・竹内直行さん(67)は、神戸市立森林植物園を訪れた。目的は、万年筆インク「Kobe INK(神戸インク)物語」の新色を作るため。 神戸の街をインクの色で表現した「Kobe INK物語」~「六甲グリーン」「波止場ブルー」「旧居留地セピア」など全117色ある 「神戸市民の花」といわれるアジサイをインクで表したいが、アジサイにはさまざまな色がある。青、紫、ピンク、どの色がきれい? その答えを求めて植物園に通い、答えが出ないまま季節が移り変わった。翌年も、その翌年も植物園に通い、8年の時を経てKobe INK物語の「神戸ヒメアジサイ」が完成した。
■50歳を目前にしてインクづくりを始めた原動力とは このようにして、竹内さんが一色一色生み出してきた「Kobe INK物語」は、2022年6月時点で117色に及ぶ。2017年に年間3万個の売り上げを記録して以来、年間で2万個以上は売れてきた。神戸の街を色で語るKobe INK物語は、地域に根ざした「ご当地インク」の代表格と言える。 竹内さんが「神戸の魅力を伝えるインクを作ろう」と思い立ったのは2005年、49歳のときだった。竹内さんはなぜ、50歳を目前にしてインクづくりを始めたのか。何が竹内さんを突き動かしているのか。
1955年、兵庫県明石市に生まれた竹内さんは、小学校高学年の頃から神戸市で育った。中学生になると、父に買ってもらったカメラにのめり込む。姿を消しゆく蒸気機関車、建て替えが進む北野異人館街――。移り変わる街並みを記録に残すことに興味を持ち、数え切れないほど写真を撮った。カメラ越しの神戸の街は、幼心を惹きつけた。 「例えば北野町では、異人館だけではなく名もない路地にも独特の歴史が息づいていました。散歩中に外国人に出会うことも珍しくなかった。神戸は、国際色豊かですごい街やなと思いました」
カメラを片手に神戸の街を歩くことは、「生活の一部」だった。 カメラのほかにもう1つ、出会いがあった。高校生のとき、神戸・三宮センター街の一角にあった文具店「ナガサワ文具センター」で、衝撃を受けた。目にしたのは、すらっとしたデザインのドイツ製ボールペン、動物や果物の形をしたイタリア製ボールペン。 「ボールペンってどんな形になってもいいんやな。面白いなぁ、文房具の世界は」 「文房具は書ければいいモノ」と思っていた竹内さんにとって、想像すらできなかった世界がそこにあった。